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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「人造」
防弾ガラス越しに、厳重に拘束された兵器が目を覚ました。その瞬間を目撃したのは夜勤で研究室に残っていた自分だけだ。兵器は薄く目を開くと、研究室を見回した。向かい合わせに設置された二つの大小のガラスケース以外、壁は剥き出しの電線や空気ダクトに覆われている。研究員らがそれぞれ使う器具も実用性以外のインテリアは存在しない。殺風景な地下空間だった。といってもそれは裸眼でいる兵器にとってであって、視界を「矯正」している自分の目に映る光景では無い。
先進国ソドムにおいて脳にチップを埋め込み、文字通り脳力を開発するという手術は比較的安価に行われていた。現在その手術を受けていない国民は全体の一割にも満たないというからかなりの普及率だ。この手術の一番の恩恵は刺激の「矯正」である。受けた刺激を予め設定した別の刺激に変換する事で生活をより自分好みに送る事が出来るのだ。現在自分は代替刺激を「サブカルチャー」に設定しているため、例えばこの研究室の壁はポスターやタペストリーで埋め尽くされているように見える。この代替刺激はいつでも変更可能で、人それぞれが一つの世界を設定の数だけの形で見ている事になるのである。友人の中にはゲームの主人公の世界観を体験しようとして狂死した者もいたが、それは自己責任であって技術の欠陥では無いだろう。
自分は計画通り、兵器の首筋に設けられたアダプタに戦場や通信で必要になりうる知識や一般常識を転送するプログラムを実行する。アダプタで電気信号を送る事は出来るものの、脳自体は蛋白質で出来ている。全ての情報の転送には二ヶ月掛かるだろう。
転送が始まると、兵器は抵抗する事も無く意識を沈めていった。

現在は町を脳以外全て機械に差し替えたサイボーグや人権を与えられた無機人(ロボットという名称は強制的に労働させるという意味があるため差別的とされる)が闊歩する時代だ。生命の定義は金属含有量以外に存在しない。それ程に金属関連のバイオ技術が発達していた。しかしこの定義が用いられるのは日常生活では無く戦場である。以前にも無人兵器の台頭が戦争のハードルを下げてしまう、先進国が一人の犠牲を出す事も無く新興国を制圧出来るようになってしまう、という観点から全兵器の有人化を強制する条約が国際的に採択された。しかし人権保持者自体が強力な兵器として改造できるようになり、特に戦場での武装解除が困難になった。そこで出来たのが兵器を、その重量に占める金属の割合が一定の値を超えた物とする定義だ。これで大幅な肉体的改造を施されたサイボーグや皮膚以外が金属製の無機人を無人兵器として扱う事が出来る。しかしこの定義には抜け穴があった。遺伝子組替え兵や細菌兵器などの生物兵器は兵器として定義されないのだ。無論そのような兵器は発見され次第非人道的として規制が掛けられるが、すぐにその規制を潜り抜ける新たな生物兵器が開発されており、今もいたちごっこが続いている。
今ガラスケースの中で深い眠りについている兵器も、この不毛な化かし合いに投入される生物兵器の一つだった。便宜上の名称は「人狼」。プログラムを起動すると一週間戦い続け、寿命を迎える超決戦型兵器だ。体にある金属は首筋のアダプタだけで、ある程度の武器を持たせても条約には抵触しない。人間並みの高い知能を持った兵器の中では最も金属含有量が少ない最高傑作だった。身体能力も生物の枠を超えた値を実現している。
人狼は戦争のあり方を変える可能性をその内に宿している。そう考えると彼は夜勤の残り時間も根を詰めて研究に没頭した。

人狼の情報転送が終わるまでの間、その量産化と同時に人狼の女性型、Xの開発が進められた。それ開発には上層部からの命令も明確な意図も無い。制止されてはいないという根拠と、科学的探究に近い精神性のみに基づいて行われた。
そして研究はさしたる挫折も無く成功した。元より性染色体の一部を差し替えるだけの作業だったのだ。新たに出来たXは従来の人狼(Xに対し便宜上Y)と同じガラスケースの中で拘束させ、意識の発生を待った。

Yに意識が発生してから二ヵ月後、Yに己が兵器である事を覚え込ませる。丁度その日、向かいの空だったガラスケースに大きな骨格が搬入された。新型生物兵器の一つだ。四方に開く嘴に、幾つもの眼孔、そして肋骨のような構造。何より異様な事に、それが足に相当する部位を保持していない。開発チームは「ベルゼバブ」と呼んでいる。金属含有量は少ない。また、それ自体の攻撃方法が多岐に渡る為、武器を装備する必要は無い。こちらも条約整備まで奮闘してくれるだろう。
とは言うものの、骨格そのものが兵器なのでは無い。骨格はあくまで基盤、指揮系統に過ぎないのである。実際に損害を与え、兵器を動かすのは骨格に群がる個体だ。個体は各大陸に帰化し、ベルゼバブに損傷が出来た時は自身の体液で修復する。生物特有の再生能力、及び連携を中核に据えた、最強の群体だった。個体は既に開発が済んでおり、今はある程度飼い増やしたものを各陸地に帰化させ、自然に存在する数を増やす段階にある。尤も個体は非常に繁殖能力が高く、環境の急激な変化にも強い。あまり心配していなかった。

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あきゅろす。
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