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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「選別」
 五日目の朝、汽笛が鳴った。号令で直ちに船を出るよう指示される。急いで身支度をする。個室の扉を、それを滑らせるスペースを空けながら開く。ただでさえ狭い通路は傭兵と船員で溢れ返っていた。部屋に押し戻されないよう気を付けながら、濁流に加わる。タラップまでの五十リーゲルは他人に揉まれ、あちらこちらをぶつけた。特に傭兵と見られる男は例外無く甲冑を着けており、頭や肩を強く打ち付けられる。避けようにも逃げ場が無い。流されるがままにしていた時、前方から一人の男がやはり濁流に押し戻されながら彼の方に向かってくる。目の前の一人を書き分けると、マントを着た男が現れた。サクスだった。顔には心配げな表情を浮かべている。自分が傭兵や船員の中では背も小さく、甲冑も着ていなかったので気になって様子を見に来たと言う。確かに散々ではあるが、助けを借りる程では無い。大丈夫だと返答したが、サクスはそのまま彼の前にいた。確かに後ろに張り付いていれば他人に勢い良くぶつかる危険は低くなる。サクスに心の内で感謝した。
タラップから下りると、そこは半径二千リーゲル程の小さい島だった。高緯度の為内陸部は針葉樹林に覆われ、その中に様々な軍事施設が点在している。頂点の部分には高い司令塔があった。狭い島だけに、大規模な爆撃作戦を常時警戒しているのかもしれない。純粋な軍事島と言うだけあって、海岸に大砲が設置されていた。港は小規模ながら近代的に整備されており、設備は海軍基地並みである。この船以外にも最新鋭の大型船が停泊していた。港では先に下りていたオドグが傭兵らに指示を出していた。人々の私語に掻き消されて声は良く聞こえないが、その手振りから四列に並ばせようとしている事が分かる。指示通りに並ぶと、どうやら自分たちが最後部だったようで、すぐに隊列は動き出した。
森の間に切り開かれた小路の緩やかな傾斜を二十分程登って行くと、森が途切れ、視界が開けた。幅十リーゲルの細長い平地だ。右の方には数十メートル行くと森が広がっているが、逆の方には水平線が見える。平地の中央には白線、その手前に体重計が置かれている。オドグは白線を跨いで数歩進むと、振り返って列を止めた。丁度彼と傭兵らの間を白線が横切る形だ。
彼は低めの良く通る声を張り上げ、ブリーフィングを始めた。
「今までの戦況から察するに、帝国との戦闘は勝敗に関わらず短期間で決着が付く。つまり君たちから見れば、開戦に遅れては折角のビジネスチャンスをふいにしてしまうのだ。背に腹はかえられない。諸君にはここから直接トルカセニレに向かってもらう。手段は少々試験的になるが」
彼の背後には大きな放牧場があった。その扉に立つ職員に向かって合図を送る。
 職員の手で扉が開けられる。全貌を緩慢に現したのは、腕に薄い膜を持ち、長い体躯を地に這わせる生物。首輪で繋がれたリョコウトカゲだった。急に差し込んだ日光に双眸を細めながら傭兵らを見回す。
 集まった傭兵らの間に動揺が走る。希少な生物に興味を示す者もいたが、それは少数派で、大半はその要望に怯えの表情を浮かべていた。
喧騒を無視してオドグが説明を始める。
「五年前、傭兵連合はこの孤島に本拠地を移転した際、この付近の孤島を本拠地にしていた商人集団ファースト・パッケージと業務協定を結んだ。リョコウトカゲ管理の為の物資の提供を条件に、ファースト・パッケージが所有するリョコウトカゲの戦略的利用を認可するというものだ。今までは支援物資の輸送に用いていたそうだが、今回は緊急事態につき、人員の輸送にリョコウトカゲを使う事にした」
 ざわめきは一層高まった。幾ら世界中に渡った経験を有する傭兵と言えども、移動手段は船や陸上生物以外使った事が無い。まだ帝国の空中砲台もノメイルではよく知られていない時勢だったのだ。その間、オドグは話を中断させられた事にも苛立ちを見せず、傭兵らが静まるのを平然と待つ。
列の前の方から傭兵らは静まる。オドグは再び口を開くと、説明を続けた。
「一応これらのリョコウトカゲにはトルカセニレまでの道筋を覚え込ませてある。訓練を積まなくとも、目的地まで運んでもらえる筈だ。背中にしがみ付いてさえいれば良い」
 もう私語は聞かれない。ようやく傭兵らは現状を把握したようだ。自分達が戦場に行くにはリョコウトカゲに乗らなくてはいけない事を。
「ただし条件がある。それは搭乗者がその装備込みで八ウェル以内である事だ。後、リョコウトカゲの数も限られているので先着十名とする」
傭兵らが息を呑んだ。
八ウェル。甲冑を脱がなければ裕にオーバーしてしまう値だ。そして今やクロスボーや銃が軍隊に普及し出している。対人戦に防弾機能付きの甲冑無しで臨むのは死を意味するといっても過言では無かった。
「乗ります」
周囲がざわつく中、アラシュは手を挙げた。彼は本来ゲリラ戦を得意としている。少しの動作でも派手に音を立ててしまう甲冑は彼にとって邪魔でしか無かった。勿論着けていない。
 アラシュはオドグに手招きされた。列を抜け、体重計へと向かう。
周りを見回すが他に挙手する者はいなかった。ただアラシュに奇異な眼差しを送っている。
当たり前だ。国同士の大規模な戦闘に介入するのは常に前線で敵陣に斬り込むような猛者ばかり。撹乱を得意とする余りに派遣から請け負い、個人契約へと転身するような者は、自国から離れる事に切羽詰まっていた彼程度のものだろう。実際彼以外の傭兵は全員堅牢な甲冑を身に付けていた。
 アラシュは体重計に近付くと、オドグは目でその上に載るよう促した。
背後から嫉妬とも軽蔑とも判別出来ない視線を感じながら、アラシュは体重計に足を乗せる。
針は静かに七の値で止まった。
「合格だ。こっち側に来い」
 オドグが静かに言った。アラシュはその意味が図りかねたが、体重計と事務員の間に引いてある白線を見て、その意味を理解する。目の前の白線は乗る資格の有る者と無い者を分ける為にあるのだ。
オドグのいる側はそれを有する者。
反対側はそれを有さない者。
そして今、アラシュは有する者としてオドグに認められたのだった。
しかしそれは彼が勇敢だからでは無い。ただの場違いだからだ。彼自身、彼がこのような国家間の総力戦に相応しいとは思えない。それでも名乗り出たのは、単に彼が臆病だからだ。彼を父から、自分の過去から、終には祖国からも逃げさせてしまったのは、彼の持つ臆病さ以外の何者でも無かった。
彼が幼少、父の背中に蠢く芋虫が見えた時、すぐさま屋敷から逃げ出した。森を後ろも見ずに走り抜けた。逃げ出した先では傭兵養成所に駆け込んだ。傭兵養成所は文字通り国家の支援を受けて傭兵を育成する施設の事だ。幼少の自分にとって衣食住が保障されている場所はそこしか知らなかったのだった。そこで彼は十五になるまで、規定の習得期間を過ぎた後は職員として居させてもらい、傭兵となった。
彼は気付いた。彼と他の傭兵を隔てている白線は人を重量で分けているのでは無い。傭兵という職業を自由意志で選んだ者と、逃げ道として選んだ者を分けているのだ。
アラシュの視界が歪む。全てが彼にとって悪意を秘めているように見えてきた。
傭兵らの目はまるで檻の中の動物を見る目だ。見るな、喋るな、近付くな、臆病風邪が移るだろ。
オドグはそれを高みから見下ろしている。寂れた動物園の園長さながら。
リョコウトカゲは己の鎖を喰い千切り、人間を襲う機会を虎視眈々と窺っている。はやるなよ、はやるなよ。
きっとこの平地にある崖は臆病者を突き落とす為の物だ。ほらほら、その板からあと一歩前に踏み出しな。
最後列の傭兵の足元から金属音がした。執行者のマントから落ちたのはそれまで鎌を砥いでいた、
甲冑だった。剛健な造り、防弾加工が施されているに違いない。
視界が晴れた。
サクスの足元に甲冑が転がっていた。脱いだ甲冑はそのままに、体重計へと闊歩する。
列を抜ける間、サクスは視線を浴びていた。それはアラシュの受けたそれとは真逆な、豪傑を向かい入れるような眼差しだった。
 サクスは他者の目を気にせず体重計の前に立つと、オドグの許可を待つまでも無くその上に乗った。針は七・四の値を指した。
「ほら、八ウェル以内だ。文句無しにな。早くトルカセニレに連れてくれ。事態は一刻を争うんだろ。戦場に行かない傭兵など、鉄を打たない武器職人より性質が悪い」
それ以外の選択肢が無いとはいえ、サクスの行動にオドグも驚いていた。
「ああ、勿論だ」
 呆然としながらも、白線を跨ぐよう指示する。サクスがそれに従うと、背後から無数の金属音が響いた。彼の決断に導かれたかのように傭兵らは我先にと甲冑を脱ぎ出していたのだ。足元に甲冑が積み重なり、脱ぎ終わった傭兵は我先にと体重計に駆け寄る。オドグは急いで列に並ぶよう指示しながら、傭兵らの体重を量っていった。
 
全傭兵の計量を終わらせると、オドグはサクスの英断を讃えた。是非とも君を作戦の実行隊長に任命したい、とまで評価する。褒められたサクスの方はそれを否定した。実行隊長になるべきはアラシュであり、口先だけの自分では無いと。オドグが不可解そうな目でサクスを見ていると、彼は連合職員に呼ばれた。サクスはさらに不可解な事に、別れ様こう言った。十一番目の適合者に自分のリョコウトカゲを回して下さいと。オドグは怪訝な表情を浮かべたが、理由を追求する事無く呼ばれた方へ向かった。
「どういう事ですか」
 オドグがいなくなるとアラシュはサクスに訊ねた。
「文字通りの意味さ。さっき条件を満たしていると言ったのは口先だけで、本当は重量制限を聞いた時から出撃を諦めていた。ちょっと来てくれ」
 要領を得ない返事をすると、彼はアラシュを連れて列の最後尾に向かった。周りには脱ぎ捨てられた甲冑が無造作に転がっている。サクスはその中に手を突っ込むと、何かを探り出した。それは幅が五分の一リーゲル程もある剣だった。種類としては、斬馬刀だろうか。それを片手で持ち上げると、アラシュの前に差し出した。
「持つか」
 意味を捉えかねたが、首肯する。言われた通り右手をその柄、出会った時マントから覗いていた部分に掛けると、サクスは剣から手を離した。途端右手に重厚な感触が広がり、思わず柄に左手を添えた。重さにすると幾ら程だろうか。少なくともウェルは下るまい。
「これは昔ネーズルで出会った戦友の形見だ。現地ではサクラマサクスという名前で、敵兵を鎧ごと叩き切る目的で作られたらしい。生前、必ずこれを使ってくれと頼まれた。だからこれ無しで戦場に行く事は出来ない」
 サクスが出撃を見送った理由はこれか。確かに実物を手に取ると納得出来た。サクスにとってその約束は掛け替えの無い物であると。
「だから俺は一緒に行く事は出来ないが、お前に俺は要らないだろう。羊に指揮される獅子よりも、獅子に指揮される羊の方が強いんだ。そしてお前なら獅子の指揮官になれる。俺が保障する」
アラシュは他ならぬ彼の言葉を信じる事にした。

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あきゅろす。
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