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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「航海」
 ローゲン帝国の侵略に抵抗したトスキールは相手より遥かに少ない兵力、軍事力で奮闘したものの、首都被爆を前に祖国から亡命せざるを得なかった。同盟を結んだネーズルの協力も手伝い、艦隊はネーズル北端の孤島、トルカセニレに最小限の損害で到着する。しかしその間に帝国は軍備を集結させていた。それを察知したヴェスヴィオスは外交官オドグを派遣し、兵力増強にオース港にて傭兵を数十人掻き集め、トルカセニレへと出航した。
 しかし事態はトスキールの予想を遥かに上回る速度で進行していた。オドグ一行がノメイルを立った時点で既に開戦一週間前を切っていたのである。そしてノメイルからトルカセニレまでの所用日数は船で半月。
 開戦には到底間に合わなかった。

 アラシュはする事も無しに、宛がわれた窮屈な個室でただ寝て過ごしていた。彼は戦艦の運営技能を有していなかった。その彼が戦艦に同乗しているのは、彼がトルカセニレ防衛戦に狩り出された傭兵だからだ。個室の籠った空気に嫌気がさすと、甲板に出た。そこには壮年の男が腰掛けていた。彼は言葉を交わさず、男から一リーゲル離れたところに座る。そこでも何もせず、ただ空を見上げていた。
 空には薄い雲が掛かっていた。その隙間を塗って漏れ出た日光が海を点々と照らす。
 どうしようもなく暇だった。空を見上げる以外何もできなかった。
 その時雲を陰が横切る。一つではない。十余がV字を描きながら、彼の視界を通り抜けた。遠目に見ても、渡り鳥より遥かに大きい。リョコウトカゲの群れだろう。奴等はこの季節になると必ずノメイルから北東へ移動する。最も今年は寒冷化で移動ルートが西北西に南方変更したらしい。それなら確かにこの船上空を通るかもしれない。
 何気無く目を遣っていると、群れの中の一頭が高度を落とした。雲を突き抜け、全身が日の光に晒される。それは予想通りリョコウトカゲだった。唯一つ違うのは、羽と尻尾の間に覗く何か、トカゲの青い体色とは反対の黄色が見えた事だ。
リョコウトカゲは自重の二倍以上の上昇力を持っている。それは産後、まだ飛行能力が未発達な子を安全な場所に移動する際に必要とされるからだ。しかしリョコウトカゲには親も子も、体に黄色い部分は無い。それ以前に、リョコウトカゲはものを必ず腹に抱えて運ぶ。背後から一部分が覗くという事は本来有り得なかった。
幾らか進んだ後、その一頭は高度を回復し、V字の列に戻っていった。

 彼が傍らの男に声を掛けたのは日が暮れかかった頃の事だ。
「トルカセニレにはいつ頃着くでしょうか」
駆け込みで搭乗してきた自身よりはこの航海について把握しているだろうと思い、訊ねる。しばらく沈黙が流れ、無視されたかに思われた時、
「今の季節は追い風だから、十日程度だろ」
返答のあと、男は何故そんな事を訊くのかと疑問の目を向けた。
「この船に乗ったのは本当に出港間際だったので、あまり任務の内容やその日程を聞かされていないんです」
「そりゃ遅くに来たお前の責任だろ」
遠慮の無い口調で彼の非を責められる。
「すみません」
あまりに率直な意見だったので、つい謝ってしまった。
「いやまあ、あのネーズル人は酷く忙しそうにしているからな。部屋に籠りっきりで国と文書のやり取りばっかだ。きっと会いに行っても忙しいの一言でドアも開けてもらえないんだろ」相手に謝らせた事を後悔したのか、男は彼に同情する意をまくし立てた。
「あ、はい、そうなんです」
事実そうだったので肯定する。
「仕方ない。俺が覚えている限りを教えてやる」
嫌々な振りをしながら、その実嬉しそうに男はブリーフィングの内容を語り始めた。

まずこの船はトルカセニレの方に向かっている。流石に飛び入りでも知っていると思うが。というか知っているんだよな。…そうか、なら良いんだが。分からなくなったらすぐ言えよ。
ただこの船は航路の半ばにある孤島に停泊して、そこで傭兵を下ろすんだ。そこで軍事機密の移動手段に乗り換えるらしい。元々は支援物資の配達用で、人を運ぶのは今回が初めてだとか。

「まあ、知っているのはこのくらいだな」
満更でも無い様子で男は語り終えた。
「開戦前に到着する事もあり得る訳ですか」
「というよりそれ前提で行動しているようだ。お前も武器の手入れは怠るな」
 そう忠告すると、男は視線を戻した。しかしすぐに振り向き、催促した。
「なあ、ユナイテッド・ポーンをやらないか」

 ユナイテッド・シープはギャンブルでよく行われるカードゲームだ。七枚の札の役を作り、その強さで競う。名前の由来は、最弱の札である羊を全て揃えるユナイテッド・シープが最強の役だからだ。男はこのゲームが好きだった。しかし、男はあまり他人とこのゲームをやる事が無かった。なぜなら、彼はあまりうまくなかったのだ。やる度に大敗してしまう。しかしギャンブルとして以外にこのゲームをやるような友人もおらず、アラシュに誘いを掛けたのだった。
「おお、お前うまいな」
 三度目のゲーム、ルールを飲み込み始めた時だった。アラシュの手札には七枚の羊が揃っていた。
「いや。それ程では無いです」
 むしろ男の方がルールを知らないのではと思うくらいに弱い。彼の役は二番目に弱いダブルペアだった。
 実際アラシュはそれほど強くなかった。試しに他の傭兵とやると、勝率は三割を切った。

 男はサクスと名乗り、やはり傭兵だった。アラシュと同じく傭兵連合を脱退しており、フリーで働いている。かなりのやり手らしく、連合時代は五十ある格付けの中で十番目のランク、ホークを獲得していた。

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