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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「疑念」
主の部屋に戻った時、彼の支度は既に終わっていた。
 結局トレラテはあの木箱に不吉なものを感じ、別の木箱に綿を詰め込んだ。
「何故この木箱なんだ。もっと適切な物があっただろうに」
 主が私の選択を咎める。
「あのような黴臭い蔵ではそれ程長く探し物をする事は出来ません」
 トレラテは咄嗟に弁明した。
「どうかそれで我慢して頂けますか」
 彼女が謝罪を述べると、主は渋々ながらも了承した。
「なら仕方が無い。これから我輩は出かけるから、後は自由にしてよい」
 いつも通りに言って、主は背を翻す。
 いつも通りなら、トレラテも理由も聞かず、無言で主を見送っていた。それで全く問題無かった。しかし今日は違う。今日の外出には何か重要な意味がある筈だった。
「ご主人様。つかぬ事をお聞きしますが、今日の外出はいかなる用事で」
 トレラテは勇気を振り絞って主の背に問い掛けた。今までに無い行為だったので、声が少し擦れてしまった。
「なに、アーリュエンはまだトースにいる筈だろう。そいつにまた会いに行くだけだ。昨日では駄目だったからな」
普通の理由に思えた。確かに十九年前に失踪した息子がまだ近くにいるのだから、会いたいと思うのは父親として当然の心情だろう。別段何かを危惧する必要は無いように思えた。まだ頭に何か引っ掛かっているような気もしたが、無視した。
何ら疑問も持たず、トレラテは城の前まで主を見送った。
主が地平線に消えた時、トレラテは頭に引っかかっていた何かを思い出した。
 今、アーリュエンは二十四歳である事。
 主が豹変したのは二十五年前の、丁度今日である事。

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