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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「方針」 遠征三日目 午後八時二十分 ダクラ
結局テント仮設ポイントに着いたのは予定の一時間後となった。夜はテントで越し、明日に備えることになる。
オルの上で後に交わした会話で分かったことは、アラシュがアノス――ノメイルの首都であるソノス州の東に接する州――の出身であること。昔は傭兵派遣所に所属し、フリーになったのは四年前であることだ。
一応、自分もダクラ=リリーと名乗っておいた。この部隊には徴収されたということにする。
テントの中で契約にあった「部隊の撤退を誘発する」方法についてのブリーフィングを行った。監視官スペクタの眼を避けながらではあったが。
「あの契約書の条文には一応従ってはおくが、実際何をすればいいんだ。それでその後の仕事に悪影響が出るようであれば、断固として反対するが」
「その前に先ず、部隊を撤退させることに反対したりはしないのですか」
「いや。撤退させること自体に問題は無い。部隊が撤退しようとも、壊滅しようとも、俺が死んだり、疑われたりさえしなければ。報酬は前払いだし」
「そうでしたか。つまり信用と報酬さえ無くならなければ部隊はどうなっても良いと」
「ああ。そういう風に理解して貰って問題ない。兎に角、オル貸しに払う紛失料さえ工面出来れば良い」
「少々意外ですが、判りました。それでは撤退についてですが、基本、何もして頂くことはありません。既にガゼルの方には部隊がこの地点でテントを仮設するという情報を流してあります。返信もありました。今晩、このテントは包囲されるでしょう」
傭兵の意見を伺おうとした時、急に監視官の視線を感じた。一時的にノメイル外交についての話題を振る。今国中はこの話題で持ちきりだから、隊員が暇潰しに選んでも別段不自然ではない。
「あ、そう言えば、今ソノスでは自国に於けるネーズル王国との外交について、両国の外交官が対談して方針を決めているそうではありませんか。どうなるのでしょうね」
「さあな。よく分からんが、ネーズルは悪い国じゃあない。寧ろ十にも満たない村が反乱を起こっただけでおろおろしてしまうようなお人好しなところだ。積極的に他国を攻撃しそうにない。今は何故だかつまらないことで対立しているが、まともに交渉すれば和解出来るだろ」
丁度監視官の眼光が遠退いた。やっと説明に戻れる。
「で、どうでしょう」
「さっきの話は、つまりテント仮設ポイントの場所を予めガゼルにリークさせ、包囲するように仕向けた訳か。そんでもって、部隊に少なからざる被害を出し、これ以上作戦を続けられない状況に追い込む。なるほど。ここはオース山脈のすぐ傍だから、回避ルートは常に高場を維持出来る尾根線上が自然に選択されるだろうし、人員が減れば撤退にも繋がる。スペクタがその写真を撮れば、それが証拠になってギロンにも怪しまれない。まあ、良いんじゃないか」
「強いて言えば私に代わり、包囲されたことをヤトエリアス隊長に進言してくれればありがたいです」
「そうか。俺は大して怪しまれるようなことはしなくて良いのか。何か、拍子抜けした。というか、さっきは何で脅してまで契約させたんだ。それに契約書に元々書いてあった報酬額はどうやって工面したんだ」
「あの契約書は事態が急変し、ガゼルだけでは部隊を撤退させるに至らなかった場合の為の物。あくまで貴方の弱みを運良く握れたので、それを利用して非常時に備えただけです。ですから、何かが起こり、それが私の手に負えない場合、貴方には頑張って頂きます。
それと、あの報酬額はノメイルに商品を輸出している商人の組合内で寄せ集めた金です。ノメイル国内に帝国関係者が滞在しているのはノメイルを相手にしている商人にとっても思わしくないこと。早く帰って貰う為には部隊の撤退が一番良いと判断したのです」
作戦の提案者がノース州主であることは伏せておいた方が良いだろう。丁度商人達が帝国使節団の来訪を憂いているのは事実だから、別段不可思議ではあるまい。
「何か他に質問でもありますか」
「いや。特に無い。ただ」
「何でしょうか」
「いや。ありがとな。オルに乗せてくれて。一応、礼は言っておかねえと」

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