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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「買収」 遠征三日目 午後六時五分 ダクラ
ガゼルを振り切った。自分は暫く安堵に浸る。が、自分以外にもう一人同じオルに乗っていたことに気付いた。自分は振り返り、後ろに乗っている傭兵を見据える。どうやら傭兵も先程の自分と同じく安堵に浸っているようである。後ろを向きながら。気付いて貰う為に、自分の両手を傭兵の耳に近付け、
――。
少し飛び上がった後、傭兵が振り向く。ようやく気付いてくれたようだ。答えは分かっているが、一応尋ねてみる。
「なぜ自分のオルに乗っていないのですか」
「オルがガゼルにやられちまってな」
「だからと言って他人のオルに乗っていい訳ではありません。それでは砂漠の真っ直中でオルをガゼルに『やられちまっ』た傭兵はこれからどうするつもりなのですか」
哀れな傭兵、考え中。約十秒経つ。
その間自分は傭兵の身形を推し測っていた。年齢は二十前半辺り。砂漠では保護色となる黄土色のマントを纏い、腰には軍では支給されそうに無い程の高級銘柄、「刃心」の太刀が据え付けられていた。「刃心」は実用性を極限まで追求したブランド。一見しただけでも様々な場面を想定した、多くの機能を有しているのが垣間見える。体格は別段痩せてもガッチリもしていない。ともすれば無駄な筋肉を削ぎ落としたらこのような体格になるかもしれない。
首より上に目を遣った。顔はどちらかというと細面で、どこか呑気な印象を受ける。ゴーグル越しに覗くと、幽かに、伏せられた両目の虹彩の色が左右異なるのが見えた。
大方自分が傭兵の特徴を把握し終えた頃合いだろうか、漸く傭兵は腹を決めたようである。傭兵はオルの上で深々と頭を下げた。
「済まない。この遠征の間だけオルに相乗りさせてくれ。オルの安全は保障するし、遠征が終わったらそれ相応の支払いはするから。頼む」
どうやらこちらが完全な優位にあるようだ。まさに棚から甘味。この展開ならば、
「この契約書に署名して頂けるのであれば、相乗りを許可してあげてもいいでしょう」
言いながら傭兵に、父から託されていた契約書とペンを突き出した。目の前で報酬についての条文に斜線を引く。
「さあ。どう致しますか」
傭兵の顔は契約書に目を通して行くにつれ険しくなっていった。
更に哀れな傭兵、考え中。約三十秒経つ。
しかし、まだ判断をし兼ねているようだ。そう来るならば、最後の手段を使うまで。
「何なら、今ここで、このオルから突き落しても良いので、」
言いながら両手を相手の胸の前に突き出す。一応寸止め。オルの下には砂漠が高速で流れているのが見えた。
「うわ、やめろ。分かった。分かったから。署名すりゃあいいんだろ。署名すりゃあ」
傭兵は投げやりにペンを奪い、契約書に署名した。アラシュ=マーセナルと読める。
「はい。ありがとうございま〜す」
契約書をしまう。事実上ノースからは一銭も出さずに傭兵を買収出来たのである。

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