[携帯モード] [URL送信]

残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「嫌悪」 遠征三日目 同時刻 アラシュ
後一分もしない内に部隊が、包囲していたガゼルと接触する。
部隊の配列について、傍らにいたダクラに尋ねる。先程ヤトエリアスと話していたのだから知っていそうだと踏んだのだ。
「ええ。実戦経験者である貴方、隊長は、それぞれ部隊の左側、前方を担当して貰います」
普通に考えてそれはおかしい。
「なら、右側は誰が担当するんだ」
後ろめたそうに間を置き、ダクラは「私が担当します」と答えた。
「私は、剣術はさほどではありません。ただ、単純な力技で、ねじ伏せることが出来るのです。オルも、必要ありません」
やはりか。
「そうか。薄々感付いてはいたが、改めて言われると、嫌だな」
どうしても嫌悪感を感じずにはいられない俺自身が。
ダクラの顔を見たくなくて、目を伏せる。
「ダクラ。お前は、ガゼルだな」
見ていない見ていない見ていない見ていない。俺はダクラの表情を見ていない。そして言葉だけは垂れ流しにする。
「ブリーフィングのときだって、ガゼルが人間の流した情報をそう易々と信じる訳が無かったし、俺を起こしたときだって、俺にも隊長にも聞こえなかった笛の音をさも当然のように聞いていたし、さっき殴ったときだって、大の大人でもそうそう出せる力じゃなかった。明らかおかしかったんだ。人間にしては。だけどガゼルとしてなら説明がつく。ガゼル同士の情報なら相手も信じるだろう。可聴域が広いから、人間には聞こえないはずの笛も聞こえる。怪力については説明するまでも無い。
俺は、ガゼルにはついて、あまり良い記憶が無いんだ。悪い記憶ばかり。兎に角、精々、部隊の護衛を頑張ってくれよ。俺も精一杯やるからさ。ただな。これ以上俺とお前が馴れ合いをするかというのは別だ。もうこれからは契約内容を守るだけにする」
相手の返事を聞きたくなくて、オルを部隊の後ろに回す。
「降ろすぞ」
返事を聞かずに首根っこを掴んで、オルから降ろした。
ダクラは何も言わず、部隊の右側へと走って行った。
「ガゼルじゃないと思っていた時は、楽しかった」
俺も使命を全うしなければならない。先程砂を詰め込んだ袋と紐を取り出し、紐を袋についている環に結び付ける。準備は整った。
ブラック・ジャック。布袋に砂を入れただけの代物だが、ピンポイントにガゼルの頭に当てるだけの技能があれば、ガゼルとの戦闘に於いて高い威力を発揮する。ガゼル攻略が難しいのはガゼルの皮膚があまり刃物を通さず、決定的なダメージを与えるには皮膚で被われていない場所、目や耳等に刃物を差し込むぐらいの手段しかないからである。それはつまり、内部の強度自体は人間並みとまではいかないまでも、動物としての標準レベルということでもある。
ブラック・ジャックはある程度の柔軟性を持ちながら、衝撃が体内に浸透するから、皮膚の強度の影響を受けない。頭に当てれば脳震盪も狙えるのである。ガゼルの再起不能を狙うには、最も効率が良い。
問題は高速で移動するガゼルに鈍器を加速させ、当てるのは先ず以て不可能であることだが、何故か俺にはそれが出来た。
四年前、俺が傭兵事務所を辞める前に赴いた最後の戦場で、部隊はガゼルと対峙した。ある州主の依頼で、ガゼルの総数を調べるという目的だった気がするが、正直それはどうでもいい。兎も角、部隊は俺を除いて全滅した。その部隊はブラック・ジャックを正式に採用していたが、まともにガゼルに当てられたのは俺だけだったようだ。何故か分からないが、武器を使うことに於いては、俺は長けているらしい。
どうやらまたお世話になりそうだ。
午後十一時三十二分、部隊は包囲していたガゼルと接触した。

[*前へ][次へ#]

19/25ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!