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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「危惧」 遠征三日目 午後十一時三十分 ミュールド
危惧していたことが起こった。今朝早くに届いたものと同じ製法の紙を携えた鳩がノース城に現れたのだ。
手紙を鳩から外し、開く。そこにあったのは一枚の写真と監視官のものと思われる文章だった。
写真は部隊の通し番号が刺繍されたテントを手前に、ガゼルを奥においた構図。部隊が包囲されていると示しているのだろう。問題はその通し番号が文章で触れられているものと一致することだ。[部隊三○七にガゼルとの戦闘による死傷者が出た]
これを、今朝送られた、将軍の署名が付いた雁信の内容と照らし合わせる。
いけない。
帝国から送られた二つの手紙。一つでは何の変哲もないが、合わせると良くない情報を作り出してしまう。それは、
トースを迂回して然るべき目的を持った部隊が、ガゼルに襲われたという情報。
元々トースの境界線は、二百年前に人間の作成した、[人間の指定する範囲――トースより外側をガゼルが人に危害を加えてはいけない区域、治外法権にする]といった旨のトース条約をガゼル側が承認したことで成立したもの。トースの外側にいる人間を攻撃することは、即ち条約離反を意味するのである。
また、近頃、ガゼル殲滅運動が活発化している。今ガロレイド=シルドヴァイエルが将軍になっているのは、その治めている土地、ソノス州の農工可能面積が全ての州の中で一番大きいからであるが、それは相対的なことであって、全ての州の農工可能の面積はほとんど変わらない。つまり新たにまとまった土地を手に入れれば、どの藩主でも将軍になることが出来るのである。そして、トースは農工にも支障が無い程に肥沃な土地。ガゼルを全滅させ、トースを占領すれば、この国の実権を奪うことが出来るようになる。
二百年もの間、ガゼル側がトース条約を守り続けて来たし、戦争を起こすにしても一州では到底太刀打ち出来ないからこそ、辛うじて、今まで戦争を起こせるだけの賛同者を得づらい思想だったのだ。皆が一緒に出ないと、誰も赤旗を渡りたくは無いのである。
このような情勢の中では、本来矛盾した二つの情報をガゼルの領域侵犯に結び付けるのは必然的。全州を巻き込んでのガゼル掃討戦争が巻き起こるのも目に見えている。ただ、吾輩の知る限り、ガゼルの総数は大半の国民が想定するよりも多い筈。人間側が簡単に負けることは無いだろうが、かといって戦わずして勝敗が分かるわけでも無い。悪くすれば戦争の長期化、軍隊の疲弊、国防の衰弱につながりかねない。
帝国がこのような策略を仕掛けるとは。
写真が偽造である確率を提示するのも手ではあるが、今まで声を大にして賛同者を集めることが出来なかった思想を実行に移せる絶好の機会として、他州主が黙殺してしまうのが落ちだろう。それならば、写真に添付されていた文章を覆すしかない。容易ではないが、唯一の、戦争回避の手段である。
ダクラ。頑張ってくれ。
吾輩は吾輩に出来ることをしなければならない。他の州主には部隊がノースに着くまでの間、行動を差し控えて貰えるよう手紙を書き、部屋の外に控えていた側近、トレラテに渡す。
「外出する。一時間位で戻る。他の者には伝えないように」
トレラテは唯頷き、鳩小屋へと向かった。

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