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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「協力」 遠征三日目 午後十一時二十一分 アラシュ
鳩が旅立つのを見送った。
用も無くなったし、ダクラの元にでも戻るか。
振り向いた途端、俺は耳を、テントの外に向かって、引っ張られた。
俺のトラウマが呼び起こされる。
傭兵事務所には拷問専門の傭兵がいた。傭兵とは思えない程にひょろ長くて、本名は知らないが、エクスターという呼称を用いていた。エクスターは、余程需要があるのか、事務所を開けていることが多かったが、珍しく事務所にいると、苛立つ度に相手の耳を捻りながら引っ張るという最悪の手癖があった。本人に聞くところによると、捕虜の首よりの上の状態が不問とされる場合には何時でもやるという、いわゆる定石らしい。冗談無しに耳が千切れるというから、それをやられる度に背筋を悪寒が走ったものだった。
相手の手が伸びきっていなければ自分の体重が耳にかかることも無くなると思い、ダクラの肩を持ち、手前に引き寄せた。見た目の割に軽い。耳にかかる力が軽減されたかと思いきや、急に頭を殴られた。今のパンチ、『見た目の割』にどころじゃない。大男でもこんな馬鹿力を出す奴はいないだろ。
「いきなり他人に抱き付かないでください」
「だったらいきなり人の耳、引っ張んな」
依然怒っているようには見えたが、ダクラは手を耳から離した。やっと耳を解放して貰える。
「ちょい、落ち着け。先ず、何でさっきはいきなり俺の耳を引っ張ったんだ」
「あのとき、何故スペクタを止めなかったのですか」
全く落ち着いてくれなかった。
「写真が撤退理由の証明になるんじゃなかったのか」
ダクラは自分の言っていることの矛盾に気付いたらしい。
「あ。済みません」
「済みませんで済む訳無
「事情が変わりました。依頼主から計画変更の知らせがあったのです」
遮られてしまった。だからといって契約の変更内容を無視してはいけないと思い、訊き返す。
「どこがどう変わったんだ」
「えっと、」
言いながら手に握り締めていた手紙を開く。見るからに、まだ手紙を全て読んでいないらしい。
ダクラは手紙に目を通していた。約一分。
 暇だったので、ダクラの方に目を遣る。俺はあまり他人に目を合わさない癖がついていたから、初めてまともにダクラを見た気がする。左右違う色の目で見据えられたときの、人の困惑する顔を見るのが嫌だったというのがその癖の原因だった。
髪は闇に沈むように黒く、肌は月のように白い。眼は凛としている。先程の馬鹿力はどこから出てきたのだろうかと思える程奢に見えるが、全体的には強かな印象。
ダクラが手紙から目を上げた。咄嗟に目をダクラの顔から外す。
「先程、スペクタが伝書鳩に写真を詰める一部始終を見ていましたか」
肯定する。
「では、その伝書鳩に写真以外のものを詰めていましたか」
「そういえば、同じ文面で全ての写真に手書きしていたものを全ての鳩に持たせていた。確か、[部隊三○七にガゼルとの戦闘による死傷者が出た]だったかな」
「それです。私たちはその手紙に書かれたことを起こさないようにすれば、写真を無効化することが出来ます」
「何で、証拠写真を無効化しなくちゃならないんだ」
 ダクラは一旦俯いた後、躊躇うように口を開いた。
「契約書にあった情報提示の制限ということで、了解を頂けないでしょうか」
情報提示の制限、か。
「口では簡単そうに言うがな、ガゼルに包囲されてからノース州へ逃げるまでの間、どんなに少なく見積もっても一時間半だろ。トースは平地で、ノースは高原。明らかにノースに着くまでは山がちな道をオルに走らせなくちゃならねえし、簡単にガゼルに追いつかれちまう。オース山脈の尾根線を通ることで全滅だけは避けられるかも知れんが、一人の死傷者を出さないでいるってのは完全に不可能だと言っていい。そもそも、それを見越してスペクタは手紙を添付したんだろうが」
ダクラは益々萎れて、ただでさえ小さく見える体が更に小さく見えた。言い過ぎた気もする。
「だがな、契約内容には従う。全力で部隊を守ってみせる。だから、そんなしょぼくれた顔すんな」
右手をダクラの顎に当て、俯いていた顔を持ち上げる。少し恥ずかしそうだったが、少しは笑顔になってくれた。
「テント輸送班、配置につけ」
ヤトエリアスの指示が聞こえた。
部隊出発の準備がそろそろ整ったようだ。骨組みの結合は緩められ、テント輸送班の班員が均等に幕に付いている。どうやらテントを一気に畳むつもりらしい。
「その、ありがとうございます。私も頑張ってみます。私は隊長に用がありますから、また後で」
そう言いながら、ヤトエリアスの方へ駈け出して行った。人垣越しにだが、ダクラがヤトエリアスに何らかの紙を渡しているのが見えた。
さて、そこいらで砂でも集めて来るか。何も球技の大会で負けた訳では無いんだがな。

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あきゅろす。
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