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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「魔笛」 遠征三日目 午後十一時 アラシュ
真夜中。丁重にではあったが、俺は叩き起こされた。ダクラの凛とした両目がこちらを伺っている。俺は急いで目を背けた。
「部隊がガゼルに包囲されました。今も笛の音が聞こますよね。あれはガゼルが人間を襲撃する際の合図に用いられるローコーダです」
わざわざ笛の名前も教えてくれたのだが、俺には笛の音なんてさっぱり聞こえなかった。元々耳は良い方なんだが。一応テントの幕を少し上げて外を見ると、遠目にではあるが確かに人影のようなものが見えた。もちろんここはガゼルの縄張り内だから、人の影ではなくガゼルの影に他ならない。こちらの様子を窺っているようでもあるから、派手な行動を起こさなければあと、二、三十分は稼げるだろう。
「契約通り、隊長に伝えてください」
言われなくても分かっている。俺は寝袋を撥ね退け、隊長のいる方へテント内を横断しようとする。途中、右からせり出していたテントの支え木に頭をぶつけそうになった。
「あっぶねえな」
木材の不始末に腹を立ててみるが、自身の体質がその最たる原因であったことを思い出す。
俺の右目は赤色だ。それもガゼルの目の色と見分けがつかない程に似ている。そしてその右目に視力が無い。距離感が掴みづらいし、視界も狭い。さっきの戦闘の時にガゼルが潜り込むのを知覚出来なかったのもその所為だろう。それでも、こんなハンデが原因でピンチに陥る度に、己の勘の鋭さに助けられてきた。オルから放り出されたときだって、すぐさま行動を起こしていなかったら冗談無しに俺は砂漠に置いてきぼりをくらっていたに違いない。
思いに耽りながらも、ヤトエリアスの元に辿り着いた。足元を見ると、ヤトエリアスは寝袋の中にいた。ダメ元で進言してみる。
「隊長。部隊がガゼルの一群に取り囲まれました」
丁寧語なんて何年振りだろうか。
「それは真か」
くぐもりながらも明瞭な意識を感じさせる声が聞えた。寝袋に包まってはいたものの、寝てはいなかったようだ。流石は隊長である。
「はい。隊員の中には笛の音を聞いた者までいます。事態は急を要するでしょう」
「笛の音か。それは聞かなかったが、」
やはり聞こえなかったのは俺だけじゃなさそうだ。
「確かにガゼルの姿を見たのだな」
「はい」
笛の音について疑問を持たせてしまった代わりと、自信満々に肯定する。
「それはカメラで撮影出来る程近くにいるのか」
隊長の隣で寝ていたスペクタが何時の間にか起きて、共通語、ワ・テクスで口を挟んだ。彼はノメイル語をある程度聞き取れるものの、話す方には自信がないので、ワ・テクスで話している。
スペクタの持っていた機材袋の厚みからみると、肉眼で見えるものなら大抵写せるようなレンズは入っているに違いない。
「高倍率レンズで撮影する分には支障のない距離だと思われます」
「そうか」
言いながら、カメラと諸々の機材を携え、写真を撮りに行った。これで証拠写真が撮られる。
俺とヤトエリアスの二人きりになったところで、ヤトエリアスが指示を出した。
「折角報告しに来たのだ。隊員を起こすのを手伝ってくれ」
「お安い御用で」
その後、ガゼル等に気付かれぬよう、静かに隊員たちを起こして回った。

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あきゅろす。
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