[携帯モード] [URL送信]

残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「邂逅」 遠征三日目 午後六時 ダクラ
夕暮れ時。後一時間程でテント仮設ポイント、オース山脈の東端に着こうという頃合いだろうか。丁度部隊がガゼルの縄張りに入った時、オルの落ち着きが無くなった。危険を察知したのだろう。前方に少数のガゼルが一陣の風となって接近するのが視認出来た。縄張りに侵入した人間を迎撃しようとしている。
時期尚早な気はあった。大抵、縄張りに足を踏み入れた途端襲われることはないのだ。しかし直ぐに襲われたところで監視官も隊長も不審に思うことはあるまい。シナリオの修正範囲内である。
直ぐに将軍の直属家臣、ヤトエリアス隊長の指示で部隊は迂回することになった。自分は焦らず迂回ルートへオルを向ける。しかしオルが怯んで言うことを聞かない。私は部隊の中心から段々遅れていき、遂には最後尾になってしまった。依然オルはその最高速度に達していない。このままならば、ガゼルから幾度かの攻撃を受けないでいると監視官に不審に思われてしまうだろう。
監視官はカメラを持参していた。枚数に限りがある筈なので頻繁には使ってはいない。しかしこれから陰謀を起こそうという身である。監視官の目を惹かないに越したことはない。
思案を巡らしてしたところに、前方を走っていたオルが後退してきた。最後尾になることは免れたのである。そのことで自分のオルに余裕が生まれ、怯みが抑えられたようだ。速度が上がっていく。
後方、最後尾のオルに乗っていた者は他の隊員とは異なった装備を身に纏い、襲いかかってきたガゼルを冷静に薙ぎ払っていた。この部隊唯一の傭兵に違いない。
事前に姉から受け取った情報によると、元々この部隊の全隊員の内、隊長しかガゼルとの実戦経験者が居らず、急遽傭兵を雇うに至ったらしい。国内でもガゼルとの実戦経験者は数える程しかいないだろうから、二人でも集まった方なのだろう。
実戦経験者の有無は、文字通り、死活問題である。ガゼルは生半可な模擬訓練で太刀打ちすることなど出来ないのだから。ガゼルは人間の如し頭脳と容姿を有する。瞳の色――ノメイル人の瞳は闇に沈むような黒色であるのに対し、ガゼルの瞳は血脈を流れていそうな程に暗く沈んだ赤色なのである――を以てでしか人間との区別のしようが無い程だ。しかしその身体能力は荒ぶる獣をも凌駕する。
もしかするとギロンはそれを見越して、ガゼルの縄張りを通らないと遂行出来ないような作戦を提示したのかもしれない。確実にノメイル国内の戦闘可能な人数を削る為に。
兎も角、自分は父からある契約書を託されていた。中には傭兵に将軍家から与えられたものの二倍の報酬を授ける代わりに、自分がガゼル縄張り内で部隊の撤退を引き起こすのを協力するという旨のもので、他にも本計画の守秘義務、こちらから提示する以上の情報の提示が制限されることの承認を条件に盛り込んでいる。これはノース藩主のコネを駆使しても部隊には自分一人しか編入させることが出来ず、そして、一人では出来るも限られるからである。つまり父はやむを得ない場合、傭兵をこれで買収することも辞さない考えでいたのだ。
正直自分はその傭兵に莫大な報酬で買収する程の腕があるか心配であった。が、その剣術を実際にこの目で見るに連れ、そのような心配は無用であることに気付いた。寧ろ、仮に買収に成功したならば、信頼出来る戦力になるであろうとさえ思ったのである。
しかし後ろを振り返ると自分の楽観は打ち破られた。応戦にあたっている傭兵の視界を掻い潜り、その右側からオルの腹に一匹のガゼルがしがみつく。今にもその腹に黒光りする爪を振り下ろそうとしていた。何故傭兵が死角の無い砂漠で接近する敵をうかうか見過ごしたのかはよく分からないが。
自分は傭兵の注意を喚起すべく、声を張り上げようとした。が、時既に遅し。オルは腹を抉られた。悶えながら転倒している。傭兵はオルの背中から振り落とされる。このままでは傭兵買収の可能性が水の泡に、
なりはしなかった。傭兵は咄嗟に懐から縄を取り出し、傍らを駆け抜けたガゼルの進行方向に向かって、投げる。その縄の先に結われていた輪がガゼルの首と一致していき、
掛かった。ガゼルの推進力を利用、宙を舞い、こちらに迫って来る。自分と傭兵の距離が詰まっていく
唐突に短距離で向かい合う構図になった。あまりの唐突さに自分のみならず、傭兵の方も戸惑ってしまったようである。しかし後ろから迫り来る二匹のガゼルの風を切る音を耳にして我に返った。自分と傭兵は振り向き様に、居合いで一匹ずつ薙ぎ払う。一対の太刀は寸分違うことなく跳びかかってきた二匹を振り落とした。同時にオルが平静を取り戻す。ガゼルの影が遠く、紛れていく。

[*前へ][次へ#]

9/25ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!