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彼等は反逆し得るか? (kankisis) 完
 ボロカニルトム ロバース
「さあ、あそこがロバースだ」
「古いな」
 バニングと平川は大きな街道を歩いていた。厳しくそそり立つ大門が前方に見えていた。バニングは不安を感じていた。もう誰もいなくなってしまったのでは?
「バニングか?」
 丁度真横を通り過ぎようとした、汚らしい衣服を身に纏った男がさりげなく話し掛けてきた。
「ワルターなのか? ――久し振りだな、元気にしてたか?」
「ああ、レストロイジンは快適だったぞ……俺は少しの間しかいなかったがな。ところで」ワルターは平川を指差した。「そいつは誰だ?」
「ああ……こいつは事故かなんかでこっちに来たらしい。突然転回機から現れたんだ。通信機が壊れていて無線機も使えない。転回機も駄目になった、だから仕方なく連れて来たのさ。置いてくるわけにもいかないからな」
「あのポンコツ転回機がついにイカれたのか! でももう施設は爆破したんだよな、もちろん」バニングは顔をしかめた。「旅はどうだった?」
「森で蛇に襲われたよ。こいつが早く気付いてくれたおかげでなんとかなったが」
「そうか、そりゃ大変だったな。で、そいつの名前は?」
「平川昭彦だそうだ」バニングは平川をちらちらと窺いながら答えた。「なあ――今回はどこを借りているんだ? 知っているか、テッド?」
「確か会館だった筈だ」
「ふん、いつも通りということか」バニングは安堵の息を漏らした。
「そう、いつも通りさ」
 町の中は“エンデルグ・ミエソ記念総合学者会”の研究者達が歩き回っていた。それに混じって、バニングの知っている顔も幾つか見られた。そのうち何人かは声を掛けてきた。しかしマット・ウィスパーやクロード・ピークらは見当たらなかった。
「どうする? もう会館へ?」
「そうしよう」
「平川昭彦も連れて行くか?」
「連れて行くよ」
「じゃ、俺は他に用があるから」
「じゃあな」ワルターと分かれたバニングらは会館を探した。「確か、ここだったな」そう言うとバニングはさっと建物の横に回り込んだ。
「正面から入らないのか?」平川が訊ねた。正面は建物を出入りする研究者や道具を売り買いする商人達で賑わっていた。
「《裏口》から入る。秘密に建物を借りるときは、だ。中は特殊な構造をしていて、正面から入った側と《裏口》から入った側とに分かれている。それぞれは往き来できないようになっている……」喋り過ぎか?
 人気のない廊下を曲がり、並ぶ扉の一つを開け更に進むと、一つだけ開け放たれた両開きの扉から柔らかい光が漏れていた。バニングは平川にここで待っているように言うと、開かれた扉から部屋の中へと入っていった。
 少しすると、バニングではない二人の男女が出て来た。二人は平川を見て少し驚いたようだったが、すぐに平川の自由を奪い、別の場所へ連行した。平川は抵抗しなかった。「すまないな、命令だ」二人の内の男がそう言うと、二人はどこかへ行ってしまった。
 平川は辺りを見回した。幸い目隠しは外されていた。座らされている椅子以外は何もない、小さな四角い部屋だった。壁には何も塗られていない、板が剥き出しになっていた。ただ、見たところどの壁も分厚く出来ているようだった。
 暫くして、三十分程経っただろうか、バニングがもう一人、ああ、マット……マット・ウィスパーと共に現れた。平川は永遠の問いを発した。「マット、なぜだ?」
 マットは無視した。あらぬ方向を眺めていた。
「なぜだ?」平川は繰り返した。
「何のことだ」
「わかっているんだろう」
「わからないな、もっとわかりやすく言ったらどうなんだ」
「 城ヶ崎の件だ、わかっているんだろう!」
「おい落ち着けよ」それまで黙っていたバニングが口を挟んだ。
「バニング、」マットが言った。「外に出てくれないか」
 バニングは部屋から出た。番をしているキースという男が小さな椅子に座って束の間の読書を楽しんでいる以外は一切の動きが無いようだった。キースはちらと目を上げ、また本に目を落とした。
 集会室に戻ると、バニングはテーブルにひじをついて座っているピークに話し掛けた。
「ピーク?」
「何だ」
「平川はどうなるんだ」
「日本人に関してはもう君の管轄外だ。部屋で待機」
 バニングはくるりと背を向けて不満げに集会室を出ていった。一方ピークはゆっくりと立ち上がると、バニングが出て行ったのとは別の扉を通り抜け、明るい廊下に出た。急な階段を下り、懐から小さなぼろぼろになったメモをおもむろに取り出すと、ピークはその指示に従って壁に巧妙に隠されたレバーを探し当て、ぐいと引き下ろした。すると、その横の壁が開き、ディスプレイが手前にせり出した。指紋と暗証番号による認証を済ませ、役目を終えたディスプレイは再び壁に格納され、壁は静かにスライドして通路を開けた。
ピークは奥に進み、急に広くなった空間にも全く驚かずに大きな長いテーブルの端に座った。他の席は既にあらかた埋まっていた。テーブルの上に四十本程並んだ蝋燭の炎を眺めていると、「ここに座ってもいいか?」と問う声が聞こえた。セオドール・ワルターだった。ピークが無言で頷き、ワルターは隣に座った。
 全ての席が埋まると、薄暗い広間の隅にいた人物が立ち上がった。「我々は此の決定的な危機に対し、如何に対処し、行動すべきだったのか。或いは、どの様に此処に於いて今動くべきなのか。其れに関しては、既に諸君等の知っている様に、最早変更の利く事の無い決定事項となっている。我々は、此迄にも様々な危機、脅威に対して臨機応変に最善の対処策を考え、克つ其れに忠実に従って来た。疎開――此の言い方が嫌なのであらば引き揚げ――に異論を抱く者は最早諸君等の中にはいまい。然し乍ら、我々には意味の無い様な伝統と慣習に囚われる癖がある様だ。因って、各施設の処理が終わり後戻りの出来なくなった今此処に於いて多数決に因る最終的な決定を行いたいと思う――」
 会合の出席者達は、次々に目の前の蝋燭を掲げた。ピークは蝋燭を何のためらいもなく蝋燭を持ち上げたが、唯一人、ワルターだけは蝋燭に触れもしなかった。少しの間を挟み、隅にいた人物が再度口を開いた。
「――どうやら全ての方が完全に疎開を受け入れて下さった様だ。願わくは配下の者には明日此処を出発すると伝えて置いて貰いたい。もう一つ、招かれざる客に関しては彼は処理される運命にあると言う事のみ伝えて置く。其れとキースは自らの役割を欠ける所無く遂行する様。……では、此処に此の会合を解散する。知性と運命が我々に味方する様に!」
 ワルターはいち早く席を立ち、広間を出た。余り良い心持ちではなかった。この場合、どうするのが最善だ? 階段を下り、用意された自分の部屋へ向かう途中、ワルターは廊下をうろついていたバニングと鉢合わせた。
「何を悩んでるんだ、テッド? お前はそこまで悩み込むような質じゃないだろうが」バニングが思い悩む様子のワルターを見て心配そうに言った。
「いや……別に」
「そうか? 眉間に皺が寄っているぞ」
ワルターは口を閉じ、開き、再び閉じたが、結局口を開いた。「離脱するんだ、CWFから。奴らは何もわかっちゃいないのさ。だから、奴らは“疎開”するとか言い出すんだ。俺はその逆を行く。ここに、王国に残ってやるんだ。果たしてやれるだろうか?」
「さあな。でもなぜそこまでして残ろうと?」
「愛着だ! 長年そばに寄り添ってきたものに対する愛着なんだよ! 今までずっと研究してきた。ずっと接してきたんだ! それだのに奴らはだめそうだから見捨てろと、切り上げろと! 嫌という程知っている、そんなのは無理に決まってるじゃないか、だから自分は残る」
「俺は……いや、引き上げるよ、皆と一緒に」
「そうか、また明日」ワルターは彼の部屋に行ってしまった。
 バニングは王国に留まろうと願う自分に気付いた。しかし……しかし、本当に、自分はここでこの先一生を送れるというのだろうか。出来ないかもしれない。もし王国を脱出せずに後悔しても手遅れだ。答えは? 出るのか?
 物思いに沈み込みながらバニングは当てもなく迷ってしまいそうな廊下を歩き回った。気がつくと、バニングは小さな袋小路に捕らえられていた。そこでキースがしゃがんで何か、機械のようなもののセットをしていた。キースは後ろに立つバニングに気づき、立ち上がった。
「こんなところで何をしてるんだ」
「ああ――歩いてただけだ」
 キースはいぶかしむような目つきでバニングを見た。バニングはここにいると気まずいとでも思ったのか、くるりと引き返してしまった。
 ミスがないか慎重に確認をして爆破装置をセットし終わると、キースは指示された別の場所にもセットしに階段を上がった。上りきったところで、キースは妙に明るい様子をしたワルターと出会った。
「キース! ジャックの奴から聞いたぞ、お前、爆弾をあちこちに仕掛けているそうじゃないか! せいぜい頑張るこった!」
「ジャック? 誰の事だ――ああ、あれか。ワルター、酒飲んでるな」
「ああ、そうだ……おい、キース」
「まだ仕掛けるところが残ってるんでね」そう言ってキースは廊下の曲がり角に消え去ってしまった。ワルターは、つまらなさげな表情を浮かべ、自室に戻り、椅子の上で居眠りを始めた。
 気付くと、どうやらもう日が昇ろうとする頃らしかった。酔いは醒めた。ワルターは急いで自分の荷物を担ぐと、廊下に出た。丁度皆が外に出る時間のようだった。
ワルターは人の流れに乗って外に出た。外はまだ薄暗く、人の往来はほとんどなかった。「ロバース、朝遅い研究者の町」ワルターはこう呟くと、門へと歩を進めた。既に門の外には大勢のCWFの人々が集まっていた。全員集まったっかのように思えた頃、集団は北へ向かって歩き出した。近くのキースが手に握ったスイッチを思い切りよく入れると、背後で建物の崩れ去る音が聞こえたが、誰も振り返らなかった。バニングが複雑な表情をしているのが見えた。バニングの唇が「平川」と動いたのをワルターは見逃さなかったが、ワルターは何も言わなかった。クロード・ピークが隣にいた。ワルターは意を決して話し掛けた。
「CWFを離脱して、王国に残ろうと思うんだが」
 しかしその時、ピークが返事をするより前に、ワルターは倒れた。マット・ウィスパーが手にしていた拳銃を収めた。ピークとキースは何事もなかったかのように無表情だったが、バニングは非常に苦しげな心境だった。

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