[携帯モード] [URL送信]

彼等は反逆し得るか? (kankisis) 完
 サンドリケイシス ディルツ=シュプルグムント・マイヘン村
 十月二日夜、久し振りにミエルクがユヴュルク家に姿を見せていた。
 その日三人が東広場から家に帰ったのは、丁度夕食の支度が出来た頃だった。ミエルクは真っ先に入っていき、母と出迎えた妹を抱き上げた。「母さん、家は問題ないかい? 上手くいってるのかな?」
 母親は答えた。「ええ、とても上手くいってるわ。唯、オースにいるギルナから手紙が来ないのと、この子が最近言うことをきかなくなってきたのが心配」
「ギルナは大丈夫だよ、母さん、きっと忙しくて手紙を出してる暇がないんだ」ミエルクが言った。
 家族は狭い廊下から食堂に入った。東の海岸で獲れた干してある魚と、肉入りのこってりした汁、そしてケタルの乾燥させた種を細かく砕き、固めて火を通したデンセルが出された。
 ケルトフとミエルクには強めの酒が出された。
「アセムトリトンでは何があったんだ?」ケルトフが汁を口に運びながら切り出した。
「ああ……そうでしたね」ミエルクが答えた。「あんまり詳しく話しちゃいけないことになっているんですが……あそこの過激派が、また地方政府に対して反乱を企てたんですよ、しかも今度の計画は大規模なもので、これにはさすがに王国政府も首を突っ込みましてね、結局は全員捕まえたんですが、あわや大混乱でしたよ」ミエルクは妹の頭を撫でた。
「そうか、大変だったな。ナニウォス、酒はいるか」
ナニウォスはケルトフに酒を勧められたがそれを丁寧に断った。「僕はいいです。あまり強くないし――兄さん、他の所はどうでしたか? 特に変わりはありませんでしたか」
「変わったことと言えば、そうだな、トスキール公国とローゲン帝国が戦っているっていうことぐらいかな、トスキールのアイフェル渓谷では帝国が負けたんだ――素晴らしいことじゃないですか、侵略者が負けたんですよ」
「全く、素晴らしいことだ」ケルトフが酒で赤くなった顔を笑わせ、次第に呂律の回らなくなってきた舌で言った。「トスキール万歳、勝利に栄光あれ! ところで、母さん、隣のカウセンの息子がさ、母さんや、聞いてくれよ、な、カウセンの息子が、何て言ったっけな、ほら……えー、違った、息子の名前がカウセンだった……隣の息子のカウセンが、クラヴン家の娘と結婚するんだってなあ、お祝いはもう言ったかい」
 話を聞いていた母親が口を開いた。「あら、そう。じゃあ何か言っておかなくちゃ」
 ケルトフは際限なく話し続けた。しかし酒の力で段々と話の中身に脈絡がなくなってきていた。とうに食べ終えた二人の兄弟は先に席を立った。
「じゃあ、先に失礼しますよ、いいでしょう、父さん」ミエルクが言った。しかし父親は引き留めた。
「まあ待て、ギルナ――じゃなかった、ミエルク、もう少しだけ聞いてくれ……母さん、酒はまあだあるかな?」
「もう止めといた方がいいです、父さん、酒は体に悪いですよ。それに、もうかなり遅い時間ですし」ナニウォスが心配そうに言った。
「そうかい、じゃあ、あと一杯で……そう、あと、一杯だけだから、お願いだ……」ケルトフは自分で酒を注ぐと、杯を傾け、一気に飲み干した。「よし、もう、これでいいや、ほら」ケルトフは自分で酒の入った瓶を片付けに掛かった。母親はそれを助けた。
 兄弟はそのまま廊下に出た。兄が先に口を開いた。
「あの爺さんは変わらないな」
「ええ、全く」
「だが、他は変わっているようだな」ミエルクはじっくり考えつつ、しかしながら浮かんできた言葉をそのまま捕まえるように口に出した。「村は古くなった。ワスロル長老も亡くなったし、村全体の雰囲気も大分変わった――カウセンも結婚すると言うし」
 ナニウォスは思慮深げに頷いた。「流れが変わってきてるんですよ、きっと。みんな、出来る限り、沈黙を保とうとするんです。でも、沈黙するために、時には騒がなければいけないときだってあるでしょうね」
「流れが変わってるって言ったな。でも、一体、どういう流れなんだ? そもそも変わるものなのか?」
「多分、変わるんです。大多数が必要と見なせば、いつだって変わってしまうんでしょうね。たまたま今がその時っていうことなのかもしれません」
「やっぱり、ナニウォス、」ミエルクは表情を崩さずに言った。「お前、どうにかして、いつか偉くなるのかもしれんな。俺にはよくわからないし、それに多分だが、お前の言うことはきっと合っているんだろうな……俺はお前の兄で確かに、良かったんだろう。俺は消えるかも知れないが、お前はいつまでもどのような意味合いにしろ世界に憶えられる。多分だがな。自覚はしておいた方がいいぞ。兄からの忠告だ」ナニウォスが戸惑っているすきに、ミエルクは自分の部屋に上がって行ってしまった。不意に上から声が降りて来た。「そうだ、ナニウォス、親父はもう長くはないだろうな! そう祈ってるよ!」ミエルクが叫んだのだった。
 ナニウォスは訳がわからず首を振った。何に対しての忠告なんだろうか。ミエルクはああ言ったが、しかしなぜそう言ったのかはわからなかった。多分、久し振りに家族に会ったものだからあらぬことを言ってしまったんだろう。
 食堂からケルトフが出て来た。
「まだそんな所にいたのかい? 明日は早いぞ。明日から断食祭だからな。お前も早く寝るんだぞ……少し飲み過ぎてしまったようだな……おや、ミエルクはどうした?」
「もう上ですよ、きっと寝てるんでしょう」
「そうか――早くお前も寝るんだぞ」ケルトフはミエルクと同様に先に上がって行った。
 ナニウォスも寝ることにした。


 十月三日。その日は朝早くから通りの往来が激しかった。それぞれの親戚のもとに行こうと、皆が急いでいた。ギルナを除くユヴュルク家は全員、朝八時頃、比較的近い親戚のクラヴン家にいた。
「やあやあ、久し振りだな、ミエルク、元気だったか?」一行を迎えたクラヴン家の当主が言った。「ああ、ケルトフ、ようこそ」ケルトフが家の中を目にして声を上げたのを見て、当主が話し出した。「今年の祭りに合わせて内装を新しくしたんだよ、うちの娘も今度結婚することになったし、丁度良い機会だったもんだから」
「うん、なかなか良いんじゃないか、ん? 俺は良いと思うぞ」ケルトフが柔和に感想を述べた。
 しかしクラヴン家の当主は、唯曖昧に笑っただけだった。彼はそのまま一行を奥へと案内した。
「カウセンだろう? ここの娘と結婚するのは」ミエルクが声を低くしてナニウォスに話し掛けた。
「そうです、カウセンですね」同じく小さな声でナニウォスが返答した。
 ユヴュルク家とクラヴン家は広い部屋に適当に置かれた椅子に入り交じって座ったり、立って歩き回ったりしていた。「おや、ミルテンが来てないな」椅子にゆったりと座ったケルトフが何気なく言った。家の主人が答えた。「彼は何か特別な準備があるんだろう、私はどんなものかよくは知らないが」
「ああ、そうだったな」ここでケルトフは話題を変えた。「あの家畜の件だが……うん、あのハラング四頭だよ、ヴァレッミがどうしても手放そうとしないんだ、それでだな、こっちもガルテ一頭を、しかも権利をまるまるだ……わかるよな、一頭の権利をまるまるだぞ、それを支払いに上乗せすると言ってやったのに、ヴァレッミの奴、何て答えたと思う?」
「何て言ったんだ」主人が言った。ケルトフは勢いよくまくしたてた。「ガルテは湿った固い皮膚に虫がたくさん付いて管理が面倒だから遠慮しておくだの、ハラングはあんた達の家畜管理人じゃ扱えない、それも性格がデリケートだからだとか馬鹿にしたようなことばかりぬかしたんだ。信じられるか? まるで俺達のミルテンのことを忘れちまったんじゃないかなんて思ったぐらいだ。馬鹿にしてるったらありゃしない、あいつのとこのディエツカはガルテ位普通に扱えるのにな」
「何とかしてくれよ、ケルトフ、どうしてもハラング四頭が必要なんだからな」
 集まった人々は皆、それぞれの会話を楽しんでいるようだった。丁度部屋の反対側では、父親から離れていたミエルクと、たまたまその時主人に会いに来ていたカウセンが時々大きく笑い声を立てながら雑談していた。その横にはナニウォスもいた。それに気付いた主人がカウセン達の方を振り向いた。カウセンは「ちょっと失礼」と二人に言って主人の方へ歩いて行った。どうやら挨拶をしに行ったようであった。
「ところでナニウォス、今日はゲヌズは何もしなくていいんだよな? 断食祭の初日は」カウセンがいなくなって不意にミエルクが問いを発した。「できるだけ記録に残しておきたいんだよ、貴重な機会だからさ」
「基本的にゲヌズとしての役目は五日目からなので、だからそれまでは僕は特に何もしなくてもいいんです、兄さん、昨日キテウクが言ってました」
「そうか、じゃあ五日目からだな、忙しくなるのは」
 その時、クラヴン家の主人が少々興奮した面持ちで皆に向かって、大声で話し始めた。
「さてさて、皆さん、神暦一〇〇九年度の断食祭ですよ! 大いに祈り、大いに楽しみましょうよ! 皆さん、今日は初日なので、こちらに、祭祀係のガイレクさんに来てもらいました」
 窓際に一人、ぽつんと特に何もせず座っていた人物が立ち上がった。皆静まりかえった。「どうも、祭祀係のガイレクです、よろしく」彼はいかつい顔の表情を変えずに言った。「皆さん、今日から第一〇〇八回目の断食祭です。私達はしっかりとした心持ちでこれに臨まなければなりません。我らが誇ってしかるべき脈々と受け継がれてゆくこの伝統は、これからも連綿と繋がっていくことでしょう。ですから、我々は伝統を絶やさないようにする必要があるのです――その高尚な目的を達成するために、そのことを決して忘れないようにしましょう」そう言って彼は『グレニス・トゥロ』のとある挿話を話し出した。

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!