[携帯モード] [URL送信]

War Chronicle of Toskiel(紺碧の空)完
:悪夢
「やはり父上の血が流れているのだ」
「恐ろしい事だ……ディオゲネス様の再来かも知れぬ」
(違う!)
 ヴェスヴィオスは父の事を知らない。ヴェスヴィオスが生まれた日に、父である公王ディオゲネスは処刑された。父は暴君……いや、狂君であった。その凶行は最早狂気の沙汰だと片付けねば説明が出来ないほどであった。そして、最後には妻を殺し、幼いラフィレイドを殺そうとした所を取り押さえられた。それらを口実に怒れる民衆はディオゲネスを断罪した。ヴェスヴィオスはラフィレイドとは異母兄弟であり、ディオゲネスが死んですぐ、ヴェスヴィオスの母は姿をくらました。幼いラフィレイドが王位に就き、最初に出した命令は、弟ヴェスヴィオスを保護する事だったという。
「宝物殿の壷が盗まれたぞ!」
「あのヴェスヴィオスじゃないのか」
(違う!)
兄のラフィレイドは温厚な性格で、また国民からも同じ被害者としての視点から親しまれ宰相アルバート・ナイファーの助力を得て素晴らしい政治を行った。対してヴェスヴィオスはディオゲネスが愛した女性の子供であり、有能でありながら狡猾で残忍な性格から狂君の再来だと恐れられた。何か悪い事があるといつもヴェスヴィオスが責められたが、人々が本当に責めているのは父のディオゲネスであった。しかし、幼いヴェスヴィオスにはそれが分からなかった。
「兄のラフィレイド様には母上の優しい血が流れているというのに」
「それに引き換えヴェスヴィオスは……」
(違う!)
いつもいつも彼は兄と比較され、罵られた。しかし、ヴェスヴィオスにとっては兄が唯一の理解者であった。ラフィレイドはいつでも弟に優しかった。いつもヴェスヴィオスを守り、導いた。彼らは本当に仲の良い兄弟であった。
(もう、やめてしまおう)
ある時、ヴェスヴィオスはあらゆる事を辞めた。そして、愚か者を装った。人々はその様子を見て、公太子がかつての狂君の後継者ではない事に安堵した。ヴェスヴィオスが愚か者になったとたん、国民の彼に対する目は変わった。彼は愛すべき愚弟となったのだ。何年も時がたち、彼の過去の有能さは忘れ去られた。それでも、ラフィレイドだけは弟を尊敬し、よくその意見を取り入れていた。しかし、その思慮深き兄が、暗殺されてしまった。それからヴェスヴィオスは毎晩悪夢を見続けた。

 薄暗く、巨大なホール。天井に細く切り込みのように入った窓以外から、光は入らない。その不釣り合いなほど広い大講堂の中央に、長いテーブルがあった。
「大いなる計画は、阻まれた」
そのテーブルの一辺を占領した男が言った。その横には無言の男たちが席を連ねており、彼らは頭に重厚で神秘的な帝国独特の鎧兜を着用し、その表情を窺い知ることは出来なかった。
「待ちたまえ、まだ終わったわけではない」
大きな扉をゆっくりと開き、鋭い光とともに一人の新しい男が入ってきた。彼はゆっくりと歩いて、先程の男の反対側の辺に座った。そこへ幹部たちが批判を集中させる。
「マグニサイドよ、今頃になってやってきたのか」
「そうだ。お前は失敗した。トスキールはいずれ反撃してくるだろう」
「南大陸の連中の脅威が増しているというのに、我々ローゲン帝国は北大陸すら統一できないようでは奴らに隙を見せることになる」
「ズヘニグを失ったのは痛かった。彼の存在は今後に大きく貢献するはずであった」
マグニサイドと呼ばれた男は片手を上げ、ざわめきを鎮めた。
「私は、新たな情報を携えてここへ来たのだ」
彼の声はホールに響いた。
「何が新しい情報だ、大方ノメイル地方では何を主食としているかとかいう下らないことだろう? 皇帝付近が近頃停戦についてうるさい。今は内を固める時だ」
「ジェノサイド殿、貴方は我々が、あの“フューラーシャフト”であるということを忘れている。老いた皇帝の言葉など、我々の前では無意味だ。それより、例の計画が進展した」
「ゲハイムニス計画か? まさか、あれの居場所を突き止めたというのか」
「ああ、勿論だ。あのズヘニグが見事に見つけ出してくれていたのだ。問題は、トスキール公国のあの公王だ。奴はただの愚か者ではない。今まで自分の能力……人心掌握、指揮能力、剣技、政治的能力を隠し続けていたのだ。奴の兄は我々の計画に勘付いていたが、弟に打ち明けていたかもしれん……だとすれば、奴は危険だ」
フューラーシャフトは再びざわめいた。今度はジェノサイドが片手を掲げ、場を鎮めた。
「マグニサイドよ、トスキールを滅せよ。計画が最終段階に入るまで、何者の邪魔もさせてはならん」
「御意。しかし、奴らの軍師は有能であり、その上……」
「言いたい事はよく解っている。好きなだけ戦力を割くがいい」
「御意」
マグニサイドは一礼すると、薄暗い本部から立ち去った。
(全く、あの狐め……)
ジェノサイドはマグニサイドの背中が扉の向こうに消えるのを睨み付けていた。そもそもこの計画はあの男の発案だ。初めこそシャフトのメンバーも半信半疑だったが、調べれば調べるほど真実味が増してきた……南大陸の勢力は、我々より圧倒的に強大だ。技術力の違いも……南大陸の奥底にはかつての“黄金時代”の技術が継承されているとも聞く。それが噂ではなかったとすれば、なおさらゲハイムニス計画が成功するかどうかが今後の帝国の興亡を左右するといっても過言ではないだろう……。
「それにしても、嫌な男だ」
ジェノサイドの呟きを聞いたものはいなかった。


[次へ#]

1/3ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!