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War Chronicle of Toskiel(紺碧の空)完
:背信
トスキールの首都たるコスクでは、港が諸国へ向かう船で埋め尽くされていた。着々と疎開が進んでいたのである。
「だが……」
定例閣議で、ナイファーは言った。
「地方都市では危機感が薄く、十分な疎開がなされていません。あるいは、事態を重く見すぎて死ぬなら故郷で死にたいと言って頑として動かない連中もいます」
「そんなの、無理矢理引っ張ってくれば良かったのに」
ヴェスヴィオスがまた無茶を言う。
「陛下、そんなわけにはいかないんですよ」
「まあ、その事は後で良いや。今はとにかくフェルドランスの戦功を讃えようよ」
「有り難う御座います、陛下」
ふと、一人足りない事に気がついた。
「あれ? そういえば、レオナルドは? フェルドランス知ってる?」
「ラインハルトさんなら港で難民の整理でもしてるんじゃないでしょうか」
その時、閣議室の扉が勢いよく開いた。数十人の騎士隊が部屋になだれ込んでくる。
「何事だ!」
「陛下、裏切り者を確保しました」
騎士隊隊長のベーオウルフが前に出た。後ろで縛られているのは……
「パイクスタッフじゃないか!」
フェルドランスは驚愕した。ナイファーも声が出ない。
「お前……」
「こいつが、真実を全て吐きましたよ」
「そ……そうなのか?」
パイクスタッフはうつむいたまま喋らない。しかし,騎兵がわきを小突くと、ゆっくりと口を開いた。
「陛下……陛下、私がやりました。私がスパイをしていたのです」
「そうか……」
ヴェスヴィオスはそっと立ち上がると、パイクスタッフをまじまじと眺めた。
「ところで、ラインハルトの艦隊の様子はどうだ?」
「は?」
全員わけがわからなかった。艦隊? 何の事だ?
「あー、諸君。言うのを忘れていたが、今このコスクは敵の艦隊の包囲網の中にいる。こちらが後一時間以内に降伏しない場合は、無差別艦砲射撃を決行するそうだ」
「そんな……!」
ベーオウルフは明らかに動揺している。恐る恐る、
「陛下、降伏するつもりは……」
「全くない」
途端に、ベーオウルフの態度が豹変した。かぶっていた制帽を投げ捨てる。
「畜生……ありえない! バイデクルト軍港からは少なくとも二週間はかかるのに、奴ら、初めからこの俺もろとも消し去るつもりだったのか! 奴らの戦列艦隊はこの都市を完全に焼き払う能力を持っている。俺も、貴様も終わりだ!」
「だそうだ。聞いたか?レオナルド」
緊迫した状況の所に、寝起き顔の海将が姿を現したのだ。
「なっ!?」
「あ、すんません……寝坊したもんで」
「貴様、謀ったな!! 帝国艦隊など来ていないのではないか!」
騙されたことに気付いたベーオウルフは剣を抜くと、公王に向かって斬りかかった。ヴェスヴィオスも長剣を構え、刃を受け止める。
「覚悟!」
騎士隊も抜刀した。フェルドランスがそこへ切り込む。
「おもしろい! 訓練の時みたいにこてんぱんにしてやろうじゃないか」
激しい戦いが始まった。ナイファーは何もできず、部屋の隅にうずくまっているしかない。公王の他を圧倒する剣技に、宰相は舌を巻いた。
(つ、強い!)
ヴェスヴィオスは重い一振りで騎士を数人薙ぎ払うと、扉に叫んだ。
「剣士隊、入れ!」
「どりゃぁ――!」
再び閣議室の扉は壁に叩き付けられ、何十人もの剣士隊が飛び込んできた。
「パイクスタッフ隊長殿! お助けします」
「騎士隊め、下がっていろ! お前たちがベーオウルフに抱き込まれているのは分かっていたのだ」
猛る剣士隊員たちにヴェスヴィオスは釘を刺す。
「殺すな、全員捕えるんだ!」
パイクスタッフも縄を解かれ、戦闘に参加した。十分後には、騎士隊は全員捕まっていた。公王はてきぱきと指示を下す。
「負傷者は医務棟へ運んで行け。どうした、パイクスタッフ?」
「陛下、助けて下さい。私の妻子が地下牢で監禁されているのです」
「分かった。剣士隊、すぐに向かえ!」
「ハ!」
剣士隊と共に、パイクスタッフも閣議室を飛び出していった。
「さてさて……やはりあんたがスパイだったか」
ぐるぐるに縛られて床に転がっているベーオウルフを公王が覗き込む。
「人質をとってパイクスタッフを恐喝するとは、下道な奴め。まあ、まだ殺す事はしない。この後役に立ってもらうからな……」


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