天と地と、その狭間で(禮晶) 完 肆 蒼の邸は翡が予想していた通り、この辺りの土地一帯を治めている氏族のそれだった。 「見た目の割に、身体能力が高いんだな。」 「そうですか?」 決して低くはない土塀の上に軽々と飛び乗り、其処からまた庭へ着地するという、間者はだしのものである。 能天気そのものの様な顔をしているが、意外と名のある武人なのかもしれないな、と翡は思った。 「と言うか、何故正門から堂々と入らないのだ?」 蒼は沈黙してしまった。 「……えーとですね、それは……」 「兄上!」 庭の反対側から第三者の声が割り込んで来た。 見ると、短甲に身を固めた青年が仁王立ちしている。 大股で此方へと近付いて来る青年の面差しは、驚く程に蒼のそれと瓜二つだ。 だが、彼の瞳は蒼くない。『普通』の…黒い色だ。 「双子か?」 「えぇ、弟の青(セイ)です」 「兄上!」 苛立たしげに青が蒼の言葉を遮った。 彼には、翡が見えていない。言葉も聞こえていない。 だから青には兄が、斜め下の虚空に向かってただ一人で喋っている様にしか見えないのだ。 「何処へ行っておられたのですか、万一何かあれば…」 「ごめんよ。でも、少し位は良いだろう?」 青は苦虫を噛み潰した様な表情をした。 全然良くない、とでも言いたげな様子である。 「………。」 翡の表情に気付き、蒼が声をかける。 「翡?何だか顔が…」 「兄上!聞いておられるのですか!」 どん、と持っていた槍の石突きで地を叩いて青は言う。 「良いですか、兄上は我が氏族の『憑坐』なのですよ!ふらふら出歩いて万一、他氏族の刺客にでも……」 以下省略。青の説教は長いのだ。 尚も延々と続く説教を聞き流しながら、翡は気になった箇所を反芻していた。 (憑坐、か) 託宣などの際、神霊が憑く者の事である。 普通は女子供がやるものなのだが… (まぁ、これなら氏族の名には傷が付かんだろうしな) 寧ろ神に守られし一族としての箔が付く。一石二鳥だ。 ……あらぬ方向を見て一人で喋り出す上に、目が蒼色。傍目から見れば気のふれた者にしか見えないだろう。 (分かっているんだろうな…多分) 弟に疎まれている事も、憑坐の意味も、何もかも。 そう思うと少しだけ蒼に同情する事が出来た。 「もう、二度と勝手にふらふらしないで下さい」 「………分かったよ」 蒼がやや不満げに言うと、青は踵を返して去って行った。 弟を見送った後、ぽつり、と 「座敷牢に放り込まれないだけマシって事でしょうね。」 そう呟いた後、すぐに穏やかな表情に戻って言う。 「…すみません、すっかり昼食が遅くなってしまって」 「……そうだな」 [次へ#] [戻る] |