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天と地と、その狭間で(禮晶) 完
拾漆
長い長い沈黙が二人の間に満ちた。

「…俺が天帝になってからもう久しい。それが定めであったのだ、なるべくして俺は帝位に就いたのだと言う奴もいる。」
嘲る様な口調で翡は呟いた。
蒼はのろのろと顔を上げ、彼の表情を見やった。
「定めだなんて、信じたくなかった。一族を、弟を…全て踏み台にする事が変えられぬものだったなど、信じたくなかった。」
「……神にも定めが?私達に定めを与えると言う貴方達にも」
翡はしばらく無言だった。ややあってからぽつり、と
「無い…俺は少なくともそう思って来た」
そして、自分達が人間に定めそのものを与える事は無い。
きっかけを与える事はあるが、それ以上の事をしてはならないのだ。
ただ、見守る存在。そして少しの後押しをするのが自分達なのだと言う。
「例えその僅かな後押しが、大岩を転がす最後の一押しとなってもな。」
「………。」
神仙に都合の良いただの言い訳じゃないか、と蒼は叫びたかった。
だが叫べないのは、翡の心情も痛い程よく分かったからだ。
この数年、共にいたのだ。神仙にとっては瞬きにも満たない様な短い間でも、人間である蒼には確かに人生の中の幾許かを共に過ごしたのである。
彼の性分がいかなるものか、分かっているつもりだった。
沈黙してしまった蒼に翡は更にぽつりぽつりと話し始めた。
「最初、天上世界からお前を見つけた時、面白い奴がいると思った。お前なら、…お前が本来持っていた定めから逃れられるかもしれないと思った」
だから、天上世界から降りて来て力を貸す事にした。
「私本来が持っていた定め?」
翡は昏い色の光を帯びた瞳で呟いた。
「弟に先立たれる。…俺と同じだった」
「………!」
太白剣と共に生きると決めたのは自分だ。
だから自業自得だと思っていた。定めなど存在しない。…自分のせいだった。
だが蒼の場合はそうではなかった。
ただ、このまま行けば氏族間の戦で負けて、陣頭に立っていた弟は殺されてしまうだろう、遠からずそうなるだろうな……ただそれだけであった。
「変えたかったんだ、そんな見ていて腹の立つ定め。」
翡、と蒼はかすれた声で呟いた。
「だが結果は変わらなかった。しかも俺の貸した太白剣のせいで」
いつの間にか、辺りに夕闇の帳が降りて来ている。
蛍が数匹、庭先を舞っていた。

「…蒼、俺はもう二度とお前の前に現れない。俺が関わるとろくな結果にならないからな」
「え、」
彼の身体は蛍の光と似た、淡い光を放ち、薄く透け始めている。
待ってくれ、その言葉は喉の奥で引っかかり、どうしても言えなかった。
「幾らでも俺を恨んで良い。そして、もしお前が望むならば、いつでも力は貸してやる…」
「…翡…っ」

陽炎の様な残像が消えた後も、蒼は茫然とその場に立ち尽くしていた。
ふと、太白剣を彼が残して行った事に気付く。

「………っ」

行き場を失くした、何と言う事も出来無い感情。
それは、いつまでも何処までも、蒼の中のしこりとなって残った…




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あきゅろす。
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