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黒泥に這う (紺碧の空)
辰砂の壌
 俺は、教師になるのが夢だった。たくさんの子供たちに囲まれ、彼らとともに成長し、彼らの独り立ちを見送りたかった。
その俺が、今子供たちの死体に囲まれている。何故、こうなったのだろう。何時から、こうなったのだろう。正確な答えを、俺は持たない。

 機関銃の音が響き渡る中、俺は隠れていた。鋼鉄の装甲に囲まれた司令塔の中は安全だった。ペリスコープの向こう側には地獄が広がっている。血、血、血。戦車の上に乗っていた兵士の血がレンズに垂れ、風景は赤く染まっていた。

 俺は、この戦争の目的を詳しく知らない。なぜなら、知ろうとしなかったからだ。知っても、理解はできなかっただろう。何故ドネシア人は我々を殺す? 俺たちラストニア人が、一体何をしたというのだ。本来、北ドネシア国とラストニア共和国は友好関係にあり、突如として侵略を受けるいわれは無かったのである。

 車外では銃撃戦が続いている。俺はどうしようもなく眺めている事しか出来なかった。もう、主砲弾が無いのだ。同軸機銃は故障していた。味方が次々死んでゆく。中には知っている顔もあったし、全く知らない顔もあった。砲手が溜息をつく。戦力差は歴然としていた。
「撤退しろ! 全軍撤退だ」
撤退? 一体どこに撤退しろというのだ。我々は首都のニューポートで包囲されていたし、もはや援軍は望めなかった。
「センタースクエアに集結せよ。そこで敵を迎え撃つ」
ゆっくりと歩兵が引き始めた。ドネシア軍による爆撃は続く。次々と道路が吹き飛び、人々は宙に舞う。俺の戦車は、その下をくぐり抜けていった。
「クラック中隊長殿、私のT-80はもう弾切れです」
「構わん。持って帰れば良い」
かつては市民の憩いの広場であり、今では鋤き返された畑のようになってしまったセンタースクエアに残存部隊が集まってゆく。中隊長は、集団自決でもしようというのだろうか。
「地下通路を開け!」
クラック中尉が叫ぶのが聞こえた。何だ、これは? 広場の中央部にあるオブジェの基部が開き始めた。数分もすると地下に向かって戦車が通れるほどの口が開いた。
「ここはニューポートの水道設備の中心地点であり、この先は郊外のエディス・カーヴェルまで続いている。奴らはこのことは知らないはずだ。ここから脱出するぞ」
兵士たちは希望を取り戻した。まさか、助かるかもしれないとは思いもよらなかったのだ。俺は、中尉の機転に拍手を送りたい気分だった。
「一輌、フル稼働できる車両を先頭にして歩兵部隊から突入せよ。しんがりは我ら戦車中隊が務める」
我先にと歩兵は中へ飛び込んで行った。結局、T-80はその後になる。通路の中は水浸しになっていた。最後の一輌が通路へ消えた時、ドネシア軍の砲爆撃で入り口は塞がれてしまった。彼らは自ら道を閉ざしてしまったのだ。


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あきゅろす。
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