縹(禮晶)完 弐弐 夜が弾き飛ばされた。 網膜が焼き切れるかと思う様な凄まじい強さの光。 堪らず玉は目を閉じてうずくまった。 「…全く。こいつ、私の事を忘れているな?」 玉が恐る恐る目をあけると、其処には淡い光を纏った童子が一人、動かない縹の身体を木の枝でつついているのが見えた。 「あの、貴方は?」 どう見てもただの童子ではない。 「神仙世界と人界と、両方の安全を守る義務もある者だ。初めまして、私が選んだ地の帝…蒼の子孫」 地の帝。…天帝に対する人間の帝の呼称である。 と言う事は、この童子…… 再び驚愕で声の出ない玉に、童子はいたずらっぽく笑った。 「そんな事がよくあるのが神仙の世界なのだよ、少年。」 「…はぁ」 確実に何かが、壊れた気がする。何なのかは知りたくない。 そんな玉に童子は唐突に真面目な表情と口調とで言った。 「先に縹が話していたな、人間が持つ属性。」 「はい。」 「まず、地がある。その上に水が存在しているからこそ、人々は生きてゆく事が出来るのだ…分かるだろう?どうやら縹は帝位向きでない第一皇子だったらしい。」 「しかし、縹は…珠兄上は」 目が黒くないという理由だけで。 たったそれだけの理由で棄てられて、そしてまた自分の事を棄てた者達の為に消えてしまったのである。 そう玉が言うと、童子はふっと目を細めた。 「確かにな。だがお前が憎しみという堰を押し流したからこそものぐさな縹がああして動く気になったんだ。」 天門で会った時の縹には憎しみしか感じられなかった。 だがそれは、綺麗さっぱり消えていたのだ。 ………玉の持つ誰よりも強い水の性。 どんなものをも押し流し、清めてしまう。 何処までも行く事が出来る、決して濁らない強さ。 そんな奴だから、きっと縹も… (久し振りだな。蒼達以来、か) 先行きの楽しみな、そんな人間を…… よっこらせ、と童子は縹の身体を担ぐと玉に言った。 「じゃぁな。後始末は頼む。」 「え、そんな」 思わず抗議の声を上げてしまう玉。 童子は翡翠色の瞳で彼を見据えながら呟いた。 「まぁ、良いか…再会を楽しみにしていろ。」 「え?誰との?」 その声に答える者の姿は、無かった。 東から、一条の光が差し込んできた。 気づいたら今までずっと降り続いていた雨も止んでいる。 ……きっと、今日からは快晴だろう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |