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羽那陀(禮晶)完
拾陸

「ごめん、俺がもうちょっと抗議出来れば」
「気にしてないし、お前が気に病む必要皆無だ。」
「だが、明日か明後日には生け贄に…!」
「もう二度目だし。そんなに苦じゃないぞ?」
どうせ一度死んだ身だと言うと應は心底辛そうな表情をした。気に病む必要は無いと言ったのに。
「何か…俺に出来る事ってある?」
「そうだな…墓は神式で頼む、なんてな」
「それ、お前が死ぬの前提じゃないかっ!」
「馬鹿、大声出すな。見張りが来るだろうが」
應はもう何も言えなかった。
結局自分は無力で、何も満足に成し遂げられない。
今まで馬鹿にし続けてきた叔父や従兄弟と大して変わらないではないか。
否、むしろ権力の行使が可能である彼らの方が幾分かマシかもしれない。
「ごめん…」
「言うな。殊勝な應というも似合わないぞ。」
慰められている気がして應は更に落ち込んだ。
自己嫌悪で一杯になっていた彼の目の端にふと、彼女の髪が映った。白よりも淡い、それ。
「髪………綺麗だな。」
「は?」
思わず呟いた應に羽那陀は怪訝そうな表情をした。
すっかり色を失った髪はもう人に見せられる様な代物ではなく、一度染めてみようかと思い墨汁を被ってみたが全く染まらず散々な目にあった程だ。
おまけに今は岩屋の中。すっかりモヤシの気分を満喫していた彼女は呆気に取られて應を見た。
「何の冗談だそれは。」
「いや別に冗談じゃないけど…綺麗だな、と。」
訳分からんと眉を顰める羽那陀に應は慌てて言う。
「あ、そうめんみたいだとかは思ってないからな。別に食欲はそそられてないから安心しろ?」
羽那陀は吹き出した。その発想は無かった。
「そうめんか………確かに今に季節には良いな。」
「え、俺はそうめんよりも冷麦の方が良いけど」
「冷麦か。それも捨て難いな、うん。」
死刑囚の様にご馳走が出るならどっちにしようか。
「西瓜でも良いかな。塩振って食べたい。」
「羽那陀、お前って本当に色気より食い気…………」
呆れた様に應が呟く。彼女らしいが。
「悪いか。人間の三大欲求だぞ。」
「それ言うなら性欲もそうじゃなかったか?」
「…ちょっとそれは違う気がする。」
「うーん…確かに。」
二人は顔を見合せて笑った。
その時、入口の方から複数の足音が聞こえて来た。
「應!やばい、見張りが帰って来た!」
「ちっ!」
今此処に應がいる事を知られたら大騒ぎになる。
間一髪の所で彼が逃れたのを見てほっとしたのもつかの間、岩屋の扉が軋んだ音を立てて開かれた。
逃がしてくれる訳ではあるまい。まさか……
「水神様への人柱を捧げる儀を執り行う。出ろ。」「……!」

とうとう、その時がきてしまった。


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