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羽那陀(禮晶)完
拾壱
それから更に数日して應達の一行は国境を越え、隣国の都に到着した。
南隣の国の気候は蒸し暑く、夏真っ盛り、炎天下という表現がしっくり来る。
雲一つ無い蒼天と言えば聞こえだけは良いものの実際は日差しを遮る物が無くて非常に暑い。
「いっそじめじめした梅雨が懐かしい……」
「同感だ……」
山奥の寒村で育った羽那陀にとってはこの暑さはとっくの昔に許容範囲を超えている代物であった。
供をする者達の濃い緑の衣が陽炎か蜃気楼の様に揺らめき、まるでワカメの様にしか見えない。
「暑い…」
「もう言うな、余計に暑くなるだろうが。」
この分だと隣国の国主と対面をする前に輿の中で應の蒸し焼きが出来上がっているかもしれない、でも何か不味そうだ、などとついついそんな事を考えてしまう羽那陀もやはり暑さに参っていた。
国主との対面の場に到着したらしく、輿が止まる。
一介の侍女である羽那陀が入れる場所ではないが、櫻(オウ)皇太子殿下………應が是非にとか言ったらしい。
「見事な宮だ。そうは思わぬか、羽那陀?」
「本当にそうですこと、櫻皇太子殿下」
お互いの本性もとい素の状態を知っている二人は内心込み上げて来る笑いを堪えるのに必死である。
因みに羽那陀はボロを出さない様に無口になるがそれがまた奥ゆかしいと評価されてしまうので、その事も二人の笑いの種となっていた。
應は羽那陀にしか聞こえない位の声量で囁いた。
「無駄に税金かけてます、って感じ?」
確かに、と羽那陀は思った。何と言うべきか…どうも田舎者の成金趣味めいたものを感じる宮だ。
風雅とは無縁、正真正銘田舎者の羽那陀でさえもそう思うのだからまず間違いないだろう。
お世辞でしか趣味が宜しいとは言えない様な宮の一室に通されて二人は待たされる事になった。
「この国と国主ってどんな感じなんだ?」
羽那陀は應に小声でこっそり聞いてみた。
彼曰く、『文化的にも未発達な癖に、桓ノ国に戦を仕掛けても叩き潰されるだけ』らしい。
「戦は面倒だから皇太子来訪で警告しているのに、人質と勘違いして増長している位だからな。」
「…それは、また何とも凄いな…」
来訪の真意を斟酌する者もいないらしい。
国が成立している事自体が謎だ、と應は呟く。
噂をすれば何とやら、でようやく国主が登場した。
下腹の辺りを搾っただけで国中の者の油代を楽に浮かせてくれそうな程に肥え太った中年男である。
慇懃無礼な国主と應との微妙に不毛なやりとりを聞き流していた羽那陀は不意に己の名を呼ばれ、危うくボロを出しそうになった。危機一髪。
「何でございましょうか?」
「聞けばそなたは霊妙な力の持ち主だとか。」
「………。」
後腐れが無い様に無言を通す。
ごく当たり前な農民の娘だった自分にそんな力、ある訳が無いだろうと思ったが口には出せない。
だが国主はその無言を肯定とみなしたらしい。
「しからば、雨を呼んでは貰えまいか?」
「雨を…?」
「今年は雨が降らず大変な渇きに見舞われており、民も難儀している。雨乞いなどが出来れば…」
民が難儀しているのはお前のせいではないのかと思った羽那陀だが、庭の池を見て微笑んだ。
「雨はもうじき必ず来ます。焦らず待つ事です。」
「それは真か、何と有り難い…」
應が不安げそうな表情をして此方を見ている。
羽那陀は意味深長に笑ってみせた。


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