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秒針の嘲笑(消火器)完
T-4
数分歩いてみたところで、やはり紙袋は持って歩くには重過ぎると僕は判断した。
駅までは、まだ遠い。
バスに乗ってしまおうと思い、辺りを見回すと、十数メートル先の小さなバス停が丁度目に入った。普段は利用しないので、僕はそこに停留所があることすら知らなかった。
随分とみすぼらしいバス停で、時刻表は日に焼けて殆ど判読出来ない。どうにか読み取ると、一応この後十五分ほどでバスは来ることになっていたが、実際時刻通りに来るのかも疑わしい。
泥で散々汚されたベンチに鞄を置こうとして、木が腐食しているのを見つけ、慌てて鞄を持ち上げた。
二十分待って、もしバスが来なければ、大人しく帰ることにした。
通りの端から端まで、ゆっくりと眺めた。車は勿論のこと、人っ子一人、猫の子一匹通らないというのは、まさにこういうことを云うのではないかと思う。
五分待った。バスは来なかった。
十分待った。車の走行音が聞こえて振り返ると、バンパーの凹んだ白い乗用車だった。
十五分待ったが、バスが来る気配は無い。やはり来ないのだろうか。来ないなら来ないで歩いて帰ればいいだけの話だが、僕はまだ暫く待ってみたい気分になっていた。
時間はある。空は良く晴れていて、雨になる心配も無さそうだ。暗くなる前に帰ればいい。
伸びをして大きく息を吐いた。
すると、ベンチの陰の今まで気付かなかった位置に、真っ赤な花が数輪咲いているのが見えた。屈みこんで、吸い込まれそうな赤に顔を近付けた。
花は、何の香りもしなかった。
しかし枯れた苔のへばり付いたブロック塀の前、すっかり草臥れきった光景の中で、そこだけが非日常的な艶やかさを放っていた。
灰色のバス停に、鮮やかなランプが灯ったようで、僕は何時しか見惚れていた。
薄い花弁や、根元を這うが決して茎を上りはしない虫を眺めているうちに、突然足音がした。我に返り、腕時計の文字盤を見る。昔、叔父が何かの祝いとして贈ってくれた品だ。
バスは、時刻表より十分近くも遅れている。
ところが、いい加減帰ってしまおうかと鞄を肩に掛けた其の時、後方から大型車特有の重低音の効いた走行音が聞こえてきた。
太陽は、もう西の地平線の近くまで落ちていた。
車の音が近付いてくるのが分かる。
僕はゆっくりと振り返った。

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あきゅろす。
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