風の音(禮晶)完 捌 銀は怪訝そうな表情で、面倒臭そうに説明し始めた。 「風は何処へなりとも流れて行く。俺達は流れ、様々な地で得た情報をお前達皇族へと運ぶ、『風』の役割を担っているからだ。」 何だそれは、という顔の鷹に逆に銀が驚いている。 「知らなかったのか?皇太子なのに」 鷹は俯いた。無知は恐ろしく、恥ずかしい代物だ。 自分の立場でそれは許されまい。知りませんでした、すみません、では済まぬのである。 そんな鷹を見て銀はふっと目を細めた。 「まぁ、まだ子供だし。許される範囲だろうよ。」 鷹は片眉を上げた。どうみても銀は同年代に見えるのだが。 「お前、歳は幾つだよ。」 まさか火結神様みたいな事を…と内心身構えた鷹に銀はあっさりと言った。 「十三だ。」 「……同じではないか。」 じゃぁ何ヶ月だと今度は銀が問うて来る。 「私は…八ヶ月だぞ。」 「………同じだ。」 二人は沈黙した。ややあってから、鷹が、 「じゃぁ、何日だ。」 銀は目を閉じて日にちを計算した。 「二十四日だ。…そっちは?」 そう言われて計算し始めた鷹であったが、次第にその顔色が悪くなって来ている。 「二十三日……」 ほれ見ろ、と少し得意げに言う銀。 「待て!計算間違いかもしれん!」 「無駄だと思うがな…」 「何だと!」 …そして何度計算しても二十三日の鷹であった。 その頃、宮中の一角で。 火結は歴代の帝達の墓所に佇んでいた。 その手には何処からか摘んで来たらしい桔梗や竜胆と言った季節の花々がある。 彼の前にある真新しい墓碑に刻まれた名は、 「聖……」 何故、もっと早く訪れなかったのか。 人間の寿命が短い事は分かっていた筈なのに。 「お前も、知る事になってしまったか」 「コウ姉さん」 不意に現れた神仙の名前を火結は力無く呟いた。 コウ…水蛇の娘であり、火結は幼い頃から彼女を姉と呼んで慕っていたのである。 彼女の手にも何処かで摘み取って来たと見える季節の花々が大事そうに握られていた。 「姉さんも、人間の死を?」 何も言わず、聖のそれからは少し離れた場所にある墓碑の前にそっと花々を置くコウ。 「これは…」 掠れて消えそうな文字が竜(リョウ)、と刻まれている。 古い伝説で彼の傍らには神女がいたと言うが… 「そうだ、私がその神女とやらだった。」 水蛇の娘の魂を持って、コウは誤って人間として生まれ落ちてしまったという過去があった。 それを知らず、まだ人間として暮らしていた頃、少年だった頃の竜と出会ったのだと言う。 「お前も聖帝と会って楽しかっただろう?」 「はい。」 私もだったよ、とコウは悲しげに微笑んだ。 「その時に父上とも再会して、私が父上の娘だと自覚して以来……私の生きる時間は人間でなく神仙のそれになっていた。 どんどん老いていくあいつの傍らで私は姿変わらずそのままだった。…あいつがとうとう逝った時でさえも」 今でも覚えている。竜が寂しそうに苦笑しながら自分に向かっていつも言っていた事を。 ………お前はずっと変わらないのだな、と。 「生きていればいつかは死ぬ。それは人も私達も変わらない。だが、彼らの死は余りに早い…」 呟かれた言葉に滲み出ていた思いに、火結は何も言う事が出来無かった。 「人は私達よりずっと弱くて不完全な生き物で、彼らを蔑む者も少なくはない。 それでも何故か捨て置く気がしなくて、こうして傍らにいる。本当に、不思議なものだよ…」 何処かで私達は人を羨んでいるのかもしれん、とコウは天空に架かる月を見上げながら呟いた。 「コウ姉さん…」 月が無情な程に皓々と、辺りを照らしている。 「……まぁ、無いものねだりはお互い様ですよ。お二方の様な憂いを含んだ理由ではなくとも私達人間とて神仙が羨ましく思えますから。」 不意に第三者の声が入って来た。 コウは苦笑して声の主を探す。 「そのお前も、今は人ではあるまい…羽那陀(ハナダ)」 銀色の髪を短く切った、コウよりかは少し年下に 見える姿をした彼女はそうでした、と苦笑した。 彼女は風の民の始祖。 『人間』としての死後、コウの補佐役として仕えていたのだ。 「どうも人間気質が抜けないんですよ」 「まぁ良いのではないのか?」 苦笑する二人に火結が言う。 「お前が来るなんて、何かあったのか?」 そうでした、と羽那陀は呟いた。 「忘れかけていました…お二人共、翔鳳峰へ。緊急の招集が掛かっています。」 [*前へ][次へ#] [戻る] |