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風の音(禮晶)完

「…!」
つられて見上げた鷹は驚きの余り尻餅を付いた。先程まで銀が腰かけていた楓の木の枝にまた……少年が一人、同じ様に腰かけていたのである。
黒い髪と火炎を思わせる様な紅い瞳。
その容姿に何か引っかかるものを鷹は覚えたが、それが何なのかまでは分からなかった。
二人と同じ様に、樹上の少年も驚いているらしい。
「…………。」
「…………。」
しばらくの間、双方共に無言だった。
「聖…でも、前よりも幼くなっていないか?」
樹上の少年が呟いた。
「え?」
少年は今、確かに聖という名を口にした。
「ヒトならざるモノ……ですよね。」
銀が少年を見据えながら言う。
「へぇ、分かるのか。」
「昔から何故かそういう勘が働くんですよ。」
少年…いや、少年の姿をしたモノは興味深そうに二人を交互に見た後、地面に降り立った。
「幽霊?でも足はあるし…精霊とか」
鷹の言葉に少年は瞠目した。
意外そうな表情の後、何故かとても懐かしそうに目を細める。
「……やっぱり聖?でも前よりも何かガキに…」
何やら考え込み始めてしまった彼に思い切って鷹は尋ねてみる事にした。可能性は、ある。
「あの、貴方の名前、火結神、様…?」
「そうだ。…お前、聖ではないな?」
「はい。鷹と言います。…曾孫です。」
曾孫か、道理で似ていると火結は呟いた。
そしてふと気付いたらしい。かすれた声で問う。
「聖、は?」
それを答えるのは認める事。悲しいが現実だ。
「昨年、…身罷りました。」
「そんな、あれからたった八十年で」
鷹は不意に聖が言っていた事を思い出した。
神仙と人間の時の感覚は違う。人間の一生など、彼らの生きる時間にしてみれば瞬きよりも短く儚いものなのだ……と。
「火結神様……」
悲しそうに火結は微笑んだ。ゆっくりと首を振る。
「分かっていたんだ。分かっていた筈なんだ…」
紅葉を掌に受けながら火結は問うた。
「聖は、良き帝であったか?」
鷹は頷いた。心の底からそう思っている。
「はい。……とても」
そうか、と火結は微笑した。
そして踵を返そうとしてじっと銀を見据える。
その時、銀は不思議な感覚を味わった。
『銀』が内側に引き込まれ、内側にあったものが殻を突き破って外へと這い出て来た様な感覚。

「那岐殿のご子息か」

喉から出された声でさえ、銀のそれではない。内容も…

火結は驚いてその紅い目を見開いた。
「何故…、お前が」
自分の父の名を知っている、と火結が続けるより先に銀の身体がその場にくずおれた。
「おいっ!お前、どうして」
火結は銀に詰め寄ったものの、荒い呼吸を繰り返す彼を見て口を閉じた。
再び何かを言おうとして口を開き、止める。

「…見事な笛の音であった。天帝陛下達もさぞや聞き惚れていたであろうよ。」

舞い散る紅葉と共に、火結の姿が消える。
鷹と銀はただ黙ってそれを見送るしかなかった。


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あきゅろす。
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