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風の音(禮晶)完
拾玖
耳が痛くなる程の静寂。
「…………。」
「終わっ…た…のか?」
網膜が焼き切れるかと思う様な強い光だった。
目を閉じるのが一瞬でも遅れたなら間違い無く失明を余儀なくされていただろう。
「くそっ…目が開けられん…」
「科戸、大丈夫か」
極端に瞳の色素が薄い科戸にとって先刻の光はまさしく破壊光線だった様である。
「失明までは行ってないと思うぞ…」
「そりゃ良かった。」
「おい、それより奴らの事を気にかけろ。」
風矢の言葉に一同は辺りを見渡した。
禍々しい気配は消えており、何処かでのんびりと鳩が鳴いている。穏やかな昼下がりだ。
「消えた…のか?」
「らしいな。」
急激に疲れを感じて縹達はその場に座り込んだ。そう言えば昼食もまだだったのである。
「腹減った…飯…」
「茸ご飯にするって銀と言っていたのですが…」
足元を気にする余裕など無かった。石段の上には踏まれて無残な姿になった茸が散らばっている。
「勿体無い…松茸とか高級珍味の茸とかが…」
もはや昔日の面影は見るべくも無くなっている茸達だが、縹の腹の虫は盛大に鳴いてくれた。
「誰が為に腹は鳴る…」
「と言うか、俺達の問題はどうなったんです?」
風矢ではない。今度こそ正真正銘の銀だ。
「銀!…ちょっと待て、本当に銀か?」
鷹の問いに銀は小さく頷いてみせた。
「良かった、また鼻で笑われるのかと思った。」
「そういう時は鼻で笑い返すのが礼儀だ。」
「……要するに売られた喧嘩は買えと?」
そういう事だ、と銀は笑いながら言った。
やおら科戸の方に向き直って問う。
「えーと…処分免れる方法無いですか?」
魂魄の分離は痛そうなので嫌なのですが、と言う銀に目をしばたかせながら科戸は言った。
「くそっ、まだ目が…その事についてだが。」
馬鹿従兄弟は、バカ従兄弟だった。
「……何処が違うんですか。」
「馬鹿は抹消すべきで、バカはまだ見込み有。」
「と言う事は…」
至極不本意そうに科戸は吐き捨てた。
「どうせあと十年もすりゃ完全に磨滅される。捨て置け、あいつなんぞ俺の知った事か。」
「……って言わせてやりたいのは山々なんだがな」
まだ未練がましく茸をいじりながら縹が言う。
「どういう事だ」
科戸が匕首を構えていたのを銀と鷹は確かに見た。
「や、銀だけど一応風矢だしさ。目付は必要だろうよ」
要するに銀を科戸に預けると言っているのだ。
『風矢』が消えてもその魂魄は神仙のそれであり、使えるものならば有効活用しなければ勿体無い。
ただでさえ天上世界は内乱から人(?)手不足で化け猫の肉球でも借りたい位なのだ。
「何で俺が…」
科戸は銀を睨んだまま考え込んでいる。
「良いじゃん、風矢に酒の相手でもして貰えば。」
「酒が不味くなるだろうがっ!」
「それにこいつは下戸だぞ。一杯で潰れる。」
銀…ではなく風矢がぼそりと呟いた。
「流石は従兄弟。他になんかあるかい?」
「那岐!」
興味津々な那岐と、妙に慌て始める科戸。
「他か…かなり大きくなるまで夜に一人で厠に行けなくて誰かと一緒に行っていたとかか?」
やけに低い位置にある風矢の脳天めがけて拳を振り下ろす寸前、科戸は気付いてしまった。
彼の身体は、銀のそれなのだ。
「…………っ!」
にやり、と笑われた。
「科戸にも可愛い所があったんだなぁ。」
「安心しろ、今度からは一緒に行ってやる。」
微笑ましそうな水蛇の表情が非常に腹立たしい。縹はもはや論外である。


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