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風の音(禮晶)完
拾漆
その頃、銀は真っ暗な闇の中を漂っていた。
(三流小説の悲劇の主人公じゃあるまいし…)
あれ程みっともなく動揺して自分が恥ずかしい。
絶対鷹あたりに笑われるだろうな、などと考える余裕がまだまだ銀にはあった。
(しかし、始末されるのは嫌だな)
此処なら誰も来られないだろう、そんな気がして銀は何もせずに漂っていた。
どれくらい時間が経っただろうか…
かなり遠くから微かに音が聞こえて来る。
(こんな所にいたのか)
自分と同じ色の髪と瞳の男が、幼い頃から幾度も夢に後ろ姿で現れた男が、不意に真正面に現れた。
(……髪の手入れ大変そうですね…)
頭頂部で結い上げた髪が更に背中を隠すまでに流れている。
相当長い。いつから切ってないのか。
(問題は其処なのか?)
(いや、やっぱり其処でしょう)
(…………)
沈黙してしまった男の顔を銀は改めて見た。
目付きは悪いが、かなり整った面差しをしている。何処となく科戸に似ている様な……
(あぁ、あいつは私の従弟だ)
事も無げに男は言った。
(取り敢えず貴方誰ですか?)
前世ですとか言われたら本気で三流小説だ。
(私はお前だ)
(…三流小説以下ですか…)
更に酷い。しかし無自覚な二重人格だったとは…
微妙な自己嫌悪に陥りかけた銀に風矢が言う。
(事実に文句言うな。仕方なかろう)
(そう言われても…俺は俺ですし)
風矢は唇を歪めた。だが嘲笑ではなさそうだ。
(何か?)
(その様子なら心配無さそうだな。)
風矢は銀に自分の事や遥か昔の内乱の事などをぽつりぽつりと話し始めた。
三流小説が現実になる事もあるらしい…と半ば冷めた気持ちで聞いていた銀だが、次第に何故か針で突かれた様な痛みを胸の奥で感じていた。
幼い頃からずっと否定し続けていた事。
自分は本当に異形のモノだったのか……
(馬鹿者。お前なんぞと一緒にされてたまるか)
至極不本意そうな風矢。
その時、今までずっと遠くから聞こえていた音が不意に明瞭なものになった。…声だ。
『何処が異形だ。平々凡々たる人間だろうが。』
『可愛い子孫をそう簡単に始末されては困る。』
『子孫バカ一名…』
ふん、と風矢が鼻を鳴らした。
(どうだ?)
(……………)
少しだけ、嬉しかった。本当に。
だが自分が風矢と魂魄を同じにしている限りは処分を免れまい。それは御免被りたいのだが…
(分離とかって無理ですか?)
(分離…)
自分で言ってから後悔した。魂魄の分離だなんて痛そうだし嫌すぎる。しかも自分の。
ふと見れば風矢は真剣に考え込んでいる。
(そんなに真剣に考えなくても…)
(いや、可能かもしれん)
神仙って…と銀は心底思った。何でもアリだ。

鷹には言わないでおいてやろう。きっと傷つく。


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あきゅろす。
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