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風の音(禮晶)完
拾陸
怨念、怨霊という代物は目に見える訳ではないがその気配だけは何となく感じ取る事が出来る。
縹達は聞いた事の無い不思議な抑揚の言葉、恐らくは呪文の類…を唱えては武器で辺りの何も無い空を薙ぎ払っている。
……少なくとも鷹にはその様にしか見えなかった。
ただ、空を薙ぎ払った一瞬だけ炭の粉の様な黒い微粒子がてらてらと光りながら現れる。
羽那陀に貸して貰った剣を抱えて鷹は霊廟前の石段に座り込んだ。自分に出来る事は殆ど無い。
恐らく、動いても寧ろ邪魔になるだけだろうからせいぜい人質とかにはされない様に……
「愚か者、奴らが人質なんぞ取るか。心の隙につけ込んで傀儡にするから余計に始末が悪い」
隣にいた銀、否、風矢が不機嫌そうに言った。
今の容姿が銀のそれだからという訳でもなく…
膝を抱えて座り込むその姿はとてもではないがその昔、天上世界を真っ二つに引き裂く大惨事の原因になった張本人には見えなかった。
「貴様がいてくれたお陰で助かった。」
「は?」
唐突な言葉に鷹は思わず腰を浮かせた。
近くで匕首を使っていた科戸が石段を踏み外してそのはずみで縹に衝突した。
更に縹が背後にいた水蛇にぶつかって三段重ねになっている。
それを見た那岐が腹を抱えてうずくまっており、火結が心配そうに父に駆け寄る。
「ちょっと何やっているんですか父上達!」
「大丈夫です、まだ息はありますから」
コウと羽那陀がさして緊張感無く言う。
「あの…何で鍬なんですか…」
突っ込んではいけない点の様な気がしたものの、どうしても聞かずにはいられなかった。
羽那陀の武器が鍬になっていたのである。
「それ農具」
「いや、私は元農民だし。使いやすいし。」
「そうですか…」
しかも縦方向ではなく横に薙ぐ様に使用。
もはや鍬の用途を超えている。
「よし行けっ、第三十九代・鍬吉君!」
何かが鷹の中で急速に瓦解していった。
「愚か者共め。」
「いや、今の貴方のせいなんじゃ」
それには答えず、風矢はぽつりと呟いた。
「あの、馬鹿者が…」
自分はもうすぐ完全に磨滅されて消えるだろう。その事は惜しいとも何とも思ってはいない。
だが、誰がこの先々銀を引き止めると言うのか…
「お前に会ってからは奴の心も凪いでいた」
風矢が出て行く回数も減り、安心していた矢先に怨霊が自分を探している事を知った。
聖域たる翔鳳峰でまで怨霊に遭遇し、更に科戸の言葉に動揺した銀が『内側』へ引っ込んでしまい……風矢が『表』へ出ざるを得なかったのだ。
「銀…大丈夫ですか」
「まだ、な」
まだという事はかなり切迫しているらしい。
「全く、老骨にこんな骨折りをさせて…」
「ろ、老骨…」
恐らくは縹達と同年代の年格好であろう風矢が、しかも銀の姿で言うと非常にそぐわない。
「当たり前だ。私達を幾つだと思っている。」
「すみません…」


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