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火結(禮晶)完
拾漆
火結はしばらく何も言わずに汁物を啜っていたが、やがて疲れた様な、何処か哀しげな表情でぽつり呟いた。
「お前は悪くない。全ての非があるのは俺だ。」
何処かで聞いた様な台詞だなと思ったら、火結の父である那岐が言っていたのと全く同じ台詞である。
可笑しい様な、物悲しい様な……変な気持ちになった聖は思わず笑ってしまい、火結に怪訝そうな表情を向けられた。
「思い出し笑いは変態の証拠らしいぞ。」
「そうなのか?………いや、今はそうじゃなくて。」
変態というのはちょっとショックだったが、聖は続けた。
「火結って、父君に似ているのだな。」
「は?」
火結は眉を顰めた。桓ノ国の神仙でもない自分の父の事を、どうして聖が知っていると言うのだろうか?
「お前の父君、この翔鳳峰に来ていたぞ。」
その瞬間、火結の手から汁物の椀が滑り落ちた。
勿体無いとか思う様になった辺りにちょっと庶民の感覚が入って来たのかな、とか場違いも甚だしい事を思いながら聖は火結の肩に手を置いた。………震えている。
「火結。」
返事は無い。紅い瞳は何処か遠くを見ている。
聖は構わずに続けた。
「父君は…、お前に謝りに来たのだと思う。私に過去の事を話してくれた時に、とても辛そうな様子だったから」
那岐の話してくれた事が本当ならば、火結は定めとやらを全うしただけなのだ。それを責められる謂れは無い筈。
そして那岐もまた、その定めに翻弄された一人。
誰かが一人で全ての罪を背負う事なんて、出来ないのだ。
それは、聖自身の事でもあるのだ。
断罪されるべきなのは、あの時の大混乱の中で金や権力を欲しいままにしていた者達に限った事ではない。
どんなに幼くても、望んで就いた帝位ではなかろうとも、…その責務を果たさなかった自分もまた、同罪なのだから。
「過去は絶対に変えられない。私達人間も、火結達も。」
でも、と聖は続けた。
「未来なら、まだ何とかなるんじゃないのか?」
定めがどうとか言うのは門外漢なので全く分からないが、それ位の事は可能だろう。否、可能でなくてはならない。
火結はややあってから、自嘲する様な調子で呟いた。
「全く、これだから人間って奴は…………」
その台詞に聖は不安になった。
「………また、不味い事を言ってしまったか?」
いいや、と火結は首を左右に振った。
「褒め言葉だ。これだから人間は面白い」
それは誉められていると言うのだろうか?
「人間って、意外に力強い生き物なんだよな。俺達が、そしてお前達自身がそう思っているのよりも、ずっと」
「そりゃそうだ。何せ人間は考える…えぇと、箸?」
火結は沈黙した。今までの雰囲気がぶち壊しである。
まぁ、それが聖が聖たる最大の理由なのかもしれないが…
「…………それは葦だろう。」
「え、どっちでも良くないか?」
「いや、全然良くないから。」
今は亡き(多分)発言者が聞いたら号泣しかねない。
二人は顔を見合せて笑った。そして同時に怪訝な顔をした。
「何か、焦げ臭くないか?」
気のせいか、目や喉までが痛い気もする。
火結は囲炉裏を見たものの鍋は火から下ろされているし、さっき零した汁物の具が焦げている様子も無かった。
彼が首を傾げていた時、窓の外を見ていた聖が声をあげた。
「火結!あそこ、」
「………………!」

峰が、燃えていた。

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