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火結(禮晶)完
拾伍
目を閉じれば、あの時の悪夢の様な光景が瞼の裏に蘇る。
那岐は大きく息を吐いてから話し出した。
「私はこの桓ノ国の東隣…海の向こう側にある島国の神だ。
 面倒だから方法は省くが、私は妻と共に創ったその国で沢山の子を儲け、育てて来た。いつか国中が私達の子供で一杯になったら良い…妻とよく、そんな話をした」
遥かな過去を懐かしむかの様に目を細める那岐。
だが、とその表情はすぐに暗いものへと変わってしまう。
「私の妻が最後に身籠ったのは火を司る神だった」
「それって…」
思わず声をあげた聖に那岐は頷いた。
「………そう、火結の事だ。」
那岐は腰に帯びている太刀を哀しげな表情で見やった。
縹と水蛇はそんな彼を痛ましそうな表情で見ている。
「生まれたての赤子だった火結に上手く火を操る事など出来る筈も無かった。
 火結の炎は……妻を焼き殺した。」
「…………!」
聖は火結の言動の根底にあったものをようやく悟った。
悔恨と、自責の念と。
何て事を聞いてしまったのだろう………
「私は妻を死なせた火結をこの手で斬って捨てた。」
今、那岐が腰に佩いている太刀は手入れも行き届いており、その刀身は鈍い色の輝きを帯びている。
だが、そんな今でもあの光景は脳裏に焼き付いて離れない。
……肉の焦げる臭いと、血と脂がこびりついた刀身。
水蛇が那岐の言葉を受けてぽつりと呟いた。
「私が偶然に火結を拾った時、あいつは死者として逝く事も、さりとて生者にもなれぬ、漂っているだけのモノだった。
 そしてそれ以来、あいつは自分と、力を忌み嫌っている。」
「そんな……」
那岐が疲れ切った様な感じでゆっくりと首を振る。
「妻は地の底で死者達の国の長となった。私が天にあるなら反対に妻は地に。私が生者達を司るなら、妻は死者達を。
 こうして私達の国では天地が分かれた。火結が生まれて誤って妻を焼き殺す事になったのも、全てこの為だった。
 ………その為だけに火結は自らの母を死に至らしめる役目を背負わされたのだと、最近になって知らされた」
話している間中、ずっと握り締めていたらしい那岐の拳は爪が皮膚を突き破り、薄っすらと血まで滲んでいる。
自分の一言が、火結に悲しい思いをさせてしまったのだ…と後悔する聖の気持ちを察してか、那岐は首を左右に振った。
「お前は悪くない。全ての非があるのは私だ。」
「いや…それは違うぞ、那岐。」
縹が口を挟んで来た。
「誰も悪くなどない。母を誤って死なせてしまった火結も、その火結を斬って捨てたお前も、誰一人とて……」
誰か一人に非があったと、どうして言えるだろうか。
誰か一人が悪いのだと、どうして断罪出来るだろうか。
それでも那岐は自分の事を責め続けるのだろう。
そして火結もまた、自分の事を責め続けるのだろう。
今も昔も……これからも、ずっと。
聖が火結にお前のせいなんかじゃない、と言ったところできっと彼の心には届かない。過去は変えられないのだ。
……それは、聖自身が一番分かっている事。
何も分からないまま就かされた帝位。大混乱に陥った国。

「どうしたら……」

その答えを返せる者など、いる筈も無かった。


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