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火結(禮晶)完
拾弐
「お前が此方に来るなんて珍しいな。確か……水蛇が火結を拾った直後に事情を説明しに来た時以来だったか?」
火結、という名を聞いた那岐は僅かに表情を曇らせた。
縹は彼の表情を見ておや、と思った。
その表情の中に悔恨と自責の念が滲み出ていた故である。
「何か、あったのか?」
俯いた那岐の視線が床の模様の上を彷徨っている。
物凄く悩んでいる時の彼の癖なのだが、これは縹と水蛇の知っているものに酷似していた。
因みに視線が彷徨っている時間に比例して悩みの度合が分かるのが特徴でもある。
今回は……相当長い。かなりの深刻な内容なのだろう。
やがて、那岐はぽつりぽつりと話し始めた。
「その火結の事なのだがな……」
そうして彼が全てを話し終わった後も執務室の中には、ひいては三人の間には重い沈黙が淀んでいた。
「………。」
縹は執務室の机の引き出しから酒の瓶と杯を三つ、それと酒のつまみとおぼしき物を取り出して来た。
どうやら、執務の合間にさぼって飲み食いしていたらしい。
水蛇はそれを見ていたが、今は那岐の話してくれた内容が気がかりだったのでその場で咎め立てる事はしなかった。
「考え込みすぎると身体に毒だぞ、那岐」
「それをお前が言うのか?」
水蛇が適格すぎる突っ込みを入れる。
縹は咳払いで誤摩化そうとしたものの、普段の彼の実態を熟知している彼ら二人には効き目は乏しい様だった。
「まぁとにかく、お前の言う通りならそれは不可抗力だろ?仕方無いさ、俺だってお前と同じ事をしたぞ、多分」
「…………!しかし、」
「縹はともかく、私でも結果は同じだっただろうな。」
那岐が何か言いかけるのを水蛇が遮った。
縹は不服そうに口を尖らせる。
「忘れられがちだけど一応俺、天帝陛下なんだけどな…。」
「え、そうだったのか?すまない、とんと失念していた。」
演技派な水蛇の声は冗談なのか本気なのか分からない。
「水蛇……。」
「何だい、歴代最高の似非臭さを誇る今上陛下。」
普通なら不敬罪極まりないが、水蛇なので無問題だ、多分。
と言うか、もしも仮に水蛇を死罪にでもしたらその途端に政務が立ち行かなくなるのは目に見えている。
流石に縹が可哀想になったのか那岐が助け舟を出した。
「大丈夫だ、お前は色々な意味で素晴らしいから」
「那岐、お前もか。」
全然助け舟になっていない。寧ろ悪化している、確実に。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
さっきとは全く質の違う沈黙が執務室の中に満ちた。
そして同時に、三人は顔を見合せて笑い始めた。
「那岐もボケの技量が上がって来たな。」
「そうか?」
縹と、そして水蛇までもが頷いた。知り合ったばかりの頃の彼は本当に何を言っても全く表情が変わらなかったのだ。
感情が無いのとは違うので、縹も水蛇も悩んだものである。
そんなある日の事。縹の会心のボケで那岐が爆笑したのだ。

『笑いたかったんだが、笑って良いか分からなかったんだ。』

………那岐が笑い上戸であった事が判明した日であった。
以来、縹は那岐に変な事を教えまくった。
なまじ生真面目な那岐が真に受けてしまった為に後で大騒ぎになってしまい、その度に縹は水蛇に鉄拳制裁を受けていたものである。


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