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爪切り(くれとー)完
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 女はその光をうっとりとした表情で見つめ、壊れ物を扱うように両手でその壜を包んだ。濡れたような瞳が愛おしげに細められる。
 私は意外なほどの驚きを持って女の語る言葉を聞いた。女の持っている壜は両手で包み込めてしまうほど小さなものだが、爪はその中の半分まで溜まっている。どう見ても数人の人間の切り滓を合わせたような量であった。私の前に女に出逢った複数の人間が、爪を切って貰っているのか。彼らは、女が爪を食うという話を聞いたのだろうか。
――爪を食うといったって、どうやって食べるんだ。
――そのまま口に入れるのです。
――そのままといっても、爪とは食えるものなのか。
――食べられますとも。ほら、このように。
 女は小壜を傾けると、片方の手の平で零れ落ちる爪の切り滓を受けた。小山に盛られた切り滓のうち、一片の三日月を選び出すと女は唇に載せる。目の冷めるような深紅の唇に載った三日月は、真珠のように乳白色だった。その白さに見とれていると、開いた唇からちろりと舌が覗いて爪を舐めとった。
――これは、肉屋の爪でありました。肉屋は毎日、肉を売るために鳥の羽をむしってその首を切り、牛の皮を剥ぎ、豚の丸まると肥えた体を刃の厚い包丁で切り取ってそれを商品にしているのです。来る日も来る日も、肉屋の作業着は様々な動物の血に濡れ、愛用の包丁が脂でてらてらとぬめります。肉屋は自分の殺した動物の死体の横で、何食わぬ顔で包丁を拭っているのでございます――
 女は爪を口に含みながら、恍惚とした目つきで私に語った。とてもゆったりとした、まるで物語を子供に聞かせてでもいるような慈愛に満ちた口調であった。
 一通り語り終えると、女の白い喉が震えるように上下した。女は爪を嚥下したのであった。蕾が花開くように、女は嫣然とした顔満面の笑みを浮かべた。
――美味しゅうございました。
 嘘偽りない、とろけるように幸せそうな笑みであった。爪とはそのように美味なものなのか、と私は目を見張る思いだった。


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あきゅろす。
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