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爪切り(くれとー)完
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 死体を捨てたその足で、女の元へ行った。小路に差しかかると、女が物憂げな表情で空を見上げている姿に出くわした。
降り注ぐ月光を切り取って女の形にしたような、気品と清らかさがあった。髪の毛一本、指先一つを見ても、先程まで私の妻だった女とは比べ物にならない美しさだった。神々しいものを見た後の厳粛な気分になり、私は押し黙って女に見とれた。
――いらしていたのですか。
 女は私に気付くと、大輪の花にも負けぬ艶やかな笑みで振り返った。私は何事もなかったかのように女に歩み寄ると、持参した風呂敷包みを女に手渡した。
――土産だ。
――ありがとうございます。本当に持ってきてくれたのですね。
 風呂敷包みを開けると、女は小さく歓声を上げた。絹の座布団は、女の気に召したらしい。滑らかな布地に手を這わせて、女は申し訳なさそうに視線を落とした。
――大切にさせていただきます。でも、このような高価な品でなくても良かったのですよ。
――私の感謝なのだから、お前は気にしなくとも良いのだ。それより、早速使ってはくれぬか。
――ええ、勿論。
 女は地べたに座布団を引き、その上に恐る恐る腰を下ろした。予想通り、深紅の絹は女の白い足を良く引き立て、白い足は深紅の絹を引き立てていた。艶かしいほどの色彩の対照であった。
――どうだ。快適か。
――ありがたいことに、とても快適で御座います。
 女は微笑んだ。
――では、爪を切りましょう。手を出していただけませんか。
 私が手を出すと、女は瞠目したようであった。自分の商売道具を手に取るでもなく、私の指を手の平で包んでいる。
――どうかしたのか。
――いえ、ただ、今晩の貴方の爪はいつも以上に深い味がしそうだと思ったのです。
 普通なら、自分の一部の味を目の前で云々言われるのはぞっとするが、女が爪の味について言うのには嫌悪感が湧かないのであった。反対に興味が湧いてきた。
――食う前から味がわかるのか。
――ええ。貴方も以前食べたことのあるご馳走なら、実物を見るだけでも味が想像できるでしょう。そのようなことです。
――そのようなことなのか。
 女は頷くと、おもむろに真鍮の爪切りで爪を切り始めた。話し声は絶え、パチリ、パチリという音のみが響き渡る。私は爪切りの刃の内側から零れる三日月を観察してみたが、どうにも特筆すべき部分は見つからなかった。私の目には、今まで切られた私の爪も、今日切られた私の爪も、大きさや形が違えと全て同じに見える。


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あきゅろす。
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