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爪切り(くれとー)完
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 その一ヶ月後の新月の日の夕暮れ、私は待ちに待った日の到来に年甲斐もなく胸を高鳴らせながら、いそいそと風呂敷に約束した座布団を包んでいた。上品な光沢を放つ深紅の絹で作られた、小振りの座布団である。立ち寄った店の品揃えの中でも最高級の物を選んで貰った。無論値は張ったが、女の笑顔を思い出すとそれ位のことは考えるにも値しないと思えた。この深い赤の広がる地平に、女のたおやかな足が投げ出される様を想像すると、万金を積んでも惜しくなく、さらに世界のすべての黄金を差し出してもまだ足りないような気にもなるのである。
 日はもう随分地に近づいて、東の空は宵闇の菫色に染まり始めていた。そろそろ家を出るにちょうど良い時分である。私は包みを背負うと、玄関で下駄を突っかけた。もう一度包みを背負い直して引き戸に手をかけると、後ろから私を呼び止める声がした。
――どこへ行かれるのですか。
 上がり框の上から声をかけたのは妻であった。仕事の上司に世話された縁談で私の元にやってきた、それなりに裕福な商家の三女である。私が家を抜け出す機会を察したのだろう、小豆色の着物を着た妻は黒髪を耳にかけながらもう一度訊いた。
――どこへ行かれるのですか。今日は遅いのですか。
 まさか自分の妻に、他の女の元へ行くなどと言えるはずもないので、私はあらかじめ用意しておいた嘘の行き先を告げた。
――友達と飲んでこようと思う。帰るのは夜も遅くなるだろうから、先に寝ていていい。
――あなた、お願いがあります。
――何だ。
 妻はいつになく思い詰めたような顔をしていた。お願いと言っても、どうせ大した事でもあるまい。訊くだけ訊いて、即座に断るつもりでいた。私は出先を邪魔されて微かに苛立ちを感じていたのだった。
――今日は出かけないで、家に居てください。
――私が在宅していないと都合の悪いことがあるのか。
――ありません。ただ、今日だけは家に居てください。一生のお願いです。


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あきゅろす。
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