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「小説」(紺碧の空)
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 何てことだろう。僕の日本は、とあるアメリカ人の妄想だったのか。
「なあ、ヴェクセル」
僕は二人に聞こえないように言った。
「なんであいつら日本語喋ってるんだ?」
「俺だって、お前がビダクト語を喋ってるのを聞いて驚いたんだぞ」
そういうもんなんだろうか。今、僕らはヴェクセルの『もしこの世界も小説なら、あの二人が主人公に違いない』という発言に基づいて、ビルたちに付いて行っていた。
「おい、灰条君。あんた、本当に何であんな所にいたんだ??」
「それが……よく記憶にないんです」
ハハハ、とビルは笑った。サムは何か呟きながら僕を睨みつけた。
「いやはや、しかしだね。あんた達本当に危なかったよ。ここいらはギャングの縄張りだから、あんなところでボーっとしてる様じゃ、あの、危機管理ってやつが足りないよ」
「おい、ビル。それは俺たちだって同じだぞ。こんな奴らと一緒にいたら目立ってしょうがない」
どうやら、彼らにも何か隠し事があるらしい。煮え切らない態度に耐えかねたのか、ヴェクセルが言った。
「あんた達こそ、何が目的でこんな砂漠を歩いてるんだ?」
「それは……だな」
「ああ、教えてやろう。俺たちはフェニックスまで行って、あのサンタフェ鉄道で東部に行くんだ。なんでもいいから、仕事を見つけるためにな」
「その鞄には、何が入ってるんだ?」
どうやら、ヴェクセルは核心を突いてしまったらしい。サムがものすごい形相で食ってかかった。
「あのなあ、ミスター・エルトラーク。そんなに質問ばかりして、ちっとは自分の事も話したらどうなんだ。後、もしこの鞄に触れたら、その瞬間にこいつで頭をぶち抜くからな」
サムは拳銃に手をかけていた。その間に僕とビルが割って入る。まったく、なんて無愛想なやつなんだ。
「まあまあ、落ち着けサム。彼らの話を聞こうじゃないか」
「えっと、何から話そうかな……」
とりあえず、まずはあれだ。
「信じてはもらえないでしょうけど、僕らは小説の世界から来ました」
二人の顔が唖然となった。ヴェクセルはそっぽを向いている。
「えっと、一つだけ証拠を。じゃあ、とりあえずこの岩を……」
僕は落ちていた赤い岩を右手にとり、焦電波動素子を起動させた。内部から超音波振動した岩は爆発し、粉々になった。
「信じていただけました?」
石の破片がサムの持っていた大きな鞄の留め具に当たり、中身がハラハラと舞い落ちた。大量のドル札だ。
「あー……その、俺たちもちと話をしないといけないようだな。なあ、いいだろう? サム。今更だよ。じゃあ、話す前に、一つだけ了解しておいてもらいたいことがある。これから何かあった時に、どんなことでも協力してくれるか?」
「いいだろう」
ヴェクセルが言った。
「わかった。さて、俺たちは一年くらい前に西部に来た。あの頃は何としても金鉱を掘り当ててやろうと躍起になってたもんだが、あっという間にブームは去って金も銀も掘りつくされちまって、坑道は水浸し、町はゴーストタウンになっちまった。結局俺たちには借金だけが残って、まあ要するに、にっちもさっちも行かなくなっちまったってわけだ。昔の殉教者だって俺たちほどの責め苦にあわされたことはねえだろうさ。そこで俺たちは、銀行強盗をやってのけた。ああ、最初は明日食う干し肉が買えるだけの金が欲しかったんだ。そしたら、銀行員のアホが百万ドルもよこしてきやがった! 思いのほかうまくいったんで、俺たちはこの百万ドルを元手に、東部で何か会社を立ち上げようと思うんだ。そのためには、うまいこと保安官をまいて、横断鉄道に乗らにゃあならん。ところが、ここからフェニックスまで駅が一か所も無いもんだから、こうして線路沿いに進んでたってわけだ」
なるほど。これで今までのサムの挙動も説明がつく。しかし、これだけでは小説としてのネタに欠けるのではないだろうか。いや、十分かな……。
「だがな、お前ら本当に小説の世界から来たってんのかい」
「もっとおもしろいことを聞かせてやろう。俺はこの坊やの世界の中で書かれた小説の登場人物なんだぜ」
「お……お前たち、一体何を言ってるんだ? 全くわからん」
サムが頭をかかえている。今しがた見たことが信じられないようだ。しばらくすると正気に戻ったのか、バラバラになった札束を集め始めた。
「よし、わかった。あんた達の話が本当なら、強い味方になりそうだ」
「おいビル、こんな奴らの話を信じるって言うのかい」
顔を上げたサムが目撃したものは、火球を自在に操るヴェクセルの姿だった。
「何なんだよ、あんた達……」


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