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「小説」(紺碧の空)
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 その日から、家にヴェクセルが居候する事になった。話を聞く限りでは、どうやら本当に彼は小説の世界から来たらしかった。一体、そんな事があっても良いんだろうか。
「僕もその本読んだよ……でも、ヴェクセルなんて人出て来たっけ?」
「ひどいな……一応、東アルフェミオ聖教会くらいは出て来ただろう」
「あ、待って……そうだ思い出した! 確か第一巻の最初の方で行方不明になった……」
「多分、それだな」
一瞬の沈黙。その後で、大爆笑した。しばらくして笑いが治まると、ヴェクセルが言った。
「ところでお前の名前も、灰条って、小説っぽい名前だよな」
「わかるのかよ」
「まあ一応俺にも、いわゆる“作者”の認識みたいなものが備わってるんだ……お前、時々なんか『……』とか、『!』みたいなマークが見える事はないか?」
「言われてみれば、そんな気がしないでもない」
そう言うと、二人はまた笑った。ヴェクセルに言わせれば、前にいた世界は、この世界が小説の中のものだとすぐにわかってしまうようなひどい作りのものだったらしい。本当の世界に行くために東アルフェミオ聖教会で研究がなされていたのだ。
「それにしても後続の部隊が来ないなんて、向こうで何かあったのかな」
「これ、読めば良いじゃん」
僕は本棚の中から『ビダクティルス戦記』を取り出すと、ヴェクセルに渡した。だが、彼はなかなか読もうとしない。
「どうした? なんで読まないんだよ」
「だってさ、あれだよ……自分の世界の未来だよ? まあでも、もう戻ることは無いのかも知れないけどな」
ヴェクセルは小説を僕に返した。
「必要なとこだけ読んでくれ」
「わかった」
ページをめくり、それらしい記述を探す。ふと、ある一文が目に留まった。
「『その晩のうちに教会は焼打ちにあった』……多分これだ」
「何だって!? よこせ」
ヴェクセルは本をひったくると、ものすごい速さで目を走らせた。そういえば、こいつ日本語読めんのかよ。
「そんな……もう終わりだ。魔法陣が消えちまった」
ヴェクセル・エルトラークはがくっと膝をついてしばらく動かなかった。今気づいたが、さすがに少し気の毒だ。
「どうするんだ? それじゃあずっと此処にいるのか」
「いや、わからん。もしかしたらこの世界が本当の世界ではないかもしれないし、俺はもう少し他に調べなきゃいけないことがあるから」
そう言いながらヴェクセルは部屋を出て行った。まさかあの恰好のままで外に出るつもりだろうか。しかし、この世界が本物でなかったら何なんだ。小説にしては、つまらなすぎる世界じゃないか。
「夕方までには帰ってくるからぁ」
「結局家に居座るんじゃないか!」


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あきゅろす。
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