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「小説」(紺碧の空)
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 翌日。朝早く目が覚めたが、サムは既に外にいた。どうやら、一晩中見張っていたらしい。僕は少し申し訳なくなった。
「あの……」
「ああ、あんたか」
サムはゆっくりとこちらを向くと、拳銃を指でくるくる回した。
「なあ、あんた。元いた世界に戻りたいと思うことはあるかい?」
「いえ、あまり」
「俺は戻りたい」
サムは言った。まだ明るくなっていない空を見上げる。
「昔はな、俺もビルも善良な一市民に過ぎなかったんだ。それが、たった一年でこの様だ。俺には人殺しなんてできねぇ。でも、この拳銃があると実感がわかないんだな」
僕は、サムに心から同情した。彼は、一刻も早く東部で元の暮らしに戻りたいのだ。西部に行こうだなんて言い出したのは、大方ビルに違いない。
「もしも、この世界で起きたことも全て小説の中の出来事かもしれないと言ったら、信じますか」
「何を言い出すんだい、いきなり?」
「僕は確かに小説の主人公でした。僕の世界と同じで、この世界もまた小説ではないという保証はありません」
「確かに、そうかもしれんな」
サムは、僕をじっくりと眺めた。そして、寝ているヴェクセルを指差す。
「確か、あの兄ちゃんもあんたの世界の小説の中にいたんだよな」
「はい」
「不思議なこともあるもんだなあ……」
ふと光が差したほうを向くと、太陽が上がっていた。朝焼けが空いっぱいに広がり、とても綺麗だった。
「あんた、もしこの世界も小説だったら、どうする」
サムが訊いた。ヴェクセルが寝言を口走っている。
「僕は……真実の世界へ行きます」
「そうか」
 しばらくしてビルもヴェクセルも目を覚まし、朝ごはんにはひどく固いパンを食べた。その間もビルは冗談を言い続け、皆を笑わせた。だが、僕らが店から出ようという時だった。
「誰かいる」
サムが言った。確かに、耳を澄ますと足音が聞こえた。
「昨日の奴らが帰ってきたのか?」
「あり得ん。黒鷲団はあれで崩壊した」
「そしたら……」
馬の嘶く声。拳銃を構える音。間違いない。保安官だ。彼らがこの店に押し入った瞬間に、僕らは裏口から外へ逃げ出していた。
「だめだ、取り囲まれてる!」
街の周囲に包囲網が張ってあった。何十人もの保安官がライフル銃やらピストルやらを持って待ち構えている。
「おそらく、黒鷲団を一気に検挙するつもりだったんだろう。やばいな……俺たちも顔が割れてるからただでは済まんぜ」
僕らはひとまず、店の裏に積まれているトウモロコシの木箱の陰に隠れた。どうすればいい? 保安官たちの声がどんどん近づいてくる。
「僕のパワードスーツに掴まれば、空から逃げ出せるかも」
「だめだ、撃ち落とされる」
「なら、これはどうだ?」
ヴェクセルが火球を取り出した。何をしようというんだ。
「奴らを、この街ごと焼き払う」
「だめだ、そんなことはこの俺がさせない」
サムがものすごい形相でヴェクセルの手を押さえつけた。保安官は裏口のドアを破ったらしい。
「あんた、この世界は小説だと言ったな」
「どうしたんだい、サム?」
「ビル、黙っててくれ。そうなんだろう? オウ。それなら、俺は幾分か楽になる」
そう言うと、サムはビルを見た。ビルは面食らったようだ。
「なあ、ビル。こいつらは、何の罪も犯しちゃいねえ。それなのに、このまま俺たちといたら地獄行きだ。そんなのはおかしいだろう」
ビルはサムを不思議そうに眺めると、笑った。
「お前は昔からそうだったよ」
二人は拳銃を構えた。おいおい、どうするつもりだよ……。周囲は静まり返り、奴らの準備ができたことを知らせていた。
「いいか、あんた達。俺たちが奴らの注意をひきつけるから、あんた達だけでも逃げろ」
それって……!
「よせ、おい! やめろ」
ヴェクセルが引き留めようとしたときには、もう遅かった。二人は木箱の陰から飛び出し、保安隊の前に躍り出た。
 ブライトスプリングスに、銃声が響いた。


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