第1話 旅立ち A
振り返れば、そこに山があり、川がある。
あの山は両親の手伝いをし、山菜を採りに入った。山の緑が風に運ばれ、鼻孔をくすぐる。
日差しの暑さ、緑のの匂い――初めはかぶれて帰った事さえ、今は懐かしい。
あの川は妹が生まれてから行ったのを覚えている。
妹は川でずぶ濡れになりながら魚を捕まえていた。その時の魚と妹が悪戦苦闘の姿、嬉しそうな笑顔、額に浮かんだ玉の汗――どれも懐かしく思う。
“……あの叔母さんはどうしているかな? ……”
私には叔母さんがいる。
父の妹で、今は祖母と暮らしている。
父は祖母を引き取るつもりだったが、祖母が頑として受け入れず、遠くの都で叔母さんと二人暮らしだったはず。
私は小さい頃によく遊びに行ったが、妹が生まれた頃からあまり行かなくなったので、会っていない。
今頃、どうしているか、と思う反面、私は諦めに似た気持ちを抱かずにはいられなかった。
“……私もあの叔母さんのようになるんだろうな……”
叔母さんは結婚していたが、祖母のために戻ってきた。
形は違えど、私もあの叔母さんのように家のために、家族のために『仕官』を決意した。
――それと同時に私は生きなくてはならなかった。
私が死ねば両親か妹が行く事になる。
家族の平穏のため、私は生きなくてはならない。
この道を選んだ時点で、私には生死の自由さえない。
“……戦いなんて嫌い……”
そう思ってもどうする事もできない。
何が悪いのではない。
ただ、私が朱家の長女に生まれ、生まれた時代が軍の世だっただけ。
――ただ、それだけの事だった。
「――早く行かないと」
士官先は決まっていないが、どうやって知り合ったのか妹は都に友人がいた。
まずは、その友人を訪ねる事にした。
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