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SPIRIT OF MASTER
†††



ゆっくりと闇の色を濃くしていく水辺に、彼のマントが溶けていくようだ。
笑みを湛えたまま、彼は私に同じことを問い掛けた。



「君はそれでいいの?」



慈愛深さが垣間見える双眸に、私はくしゃりと顔を歪めた。



「…解ってます…急ぎすぎた結論だって……」



そう。
本当は解っている。


進路は自分が納得するまで考えたいし、やりたいことを見つける時間が欲しい。

麗奈には問い詰めるのでなく、本当は自分から話してほしい。




けれど、私達に残された時間はもう、一年無いんだ。

焦っているのだ。私は。

期限を切られた時間と、想像出来ない程の果てない時間の差異に。

まだ子供でいたいと、悲鳴をあげて疼く胸を無視して、私は大人にならなければいけない。



堰を切ったように溢れ出した涙を止めることも出来ないで私はみっともなく泣いた。

ひとしきり泣いた後、そっと頬に当てられた柔らかな布の感触。
彼の手に、先程まで胸ポケットで行儀良くしていた白いハンカチがあって。

そのままそれは私の手の平に乗せられた。
使いなさい、ということなのだろう。
掠れた声はお礼を届ける事が出来たのかどうか。



「傷は付く時に痛いんじゃない。治る時に痛いんだ」



ぽとりと落とされたのは、慰めでも励ましでもなくて。
染みるように夜闇に溶けた。



「……これは君が持っているべきだね」



私の膝の上に、ビロードの箱が乗せられる。
いきなりの贈り物に、私は驚いて彼を見つめた。
じっと待っているようなので、恐る恐る留め金を外した。


高級そうな箱の中には、五つの砂時計。
銀、緑、青……金属の飾り蔦が巻き付いていて、とても綺麗だ。
止まりかけているものもあれば、横倒しになっているのにさらさらと勢いよく砂が落ちているものもある。

この中は重力の影響を受けない空間なのだろうか、とよく見れば、砂は一向に減らない。

時計ではないのだろうか。
だけど、一介の学生が貰っていいものではなさそうだ。


私が彼を振り向き首を振るよりも早く、黒衣の伯爵は薄い緑の蔦飾りの巻いた砂時計を指差して口を開く。



「これが、君」



不思議な言い方に再び砂時計に視線を落とすと、それは止まっていた。





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あきゅろす。
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