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SPIRIT OF MASTER
†††



慣れた仕種で子爵がカップにお茶を注ぐと、深夜の青い部屋に、馨しい紅茶の香りが湯気と共に立ち上る。



「ボクが訪ねてお茶を入れてくれたのは、君で二人目だよ。」

「一人目は?」

「酔狂な店で酔狂な物を売る店主だよ。時々、訪ねるんだ。」

「酔狂…深夜に知らない人間の部屋を訪ねるのは酔狂とは言わないのか?」

「君が招いてくれたんだもの。」



入った紅茶を受け取りながらの伯爵の言葉に、子爵は首を傾げるが思い当たらない。



「呼んだ覚えはないんだが。」

「呼んだよ。聞こえたから、ボクは来た。確かに『眠りたい』と、言っただろう?」



とくり、と子爵の心臓が跳ねた。
開け放した窓から、さぁ、と風が吹き抜け。
僅かな沈黙をもって、子爵はゆっくり頷いた。






「…伯爵が声にならない声を聞くことが出来るなら、オレは呼んだのかもしれない。」








瞬きを落とすと、子爵は話し始める。遠い遠い昔話を。

眠りたいと伯爵が聞いた理由を。





「この星には太陽はなかった。いや、消えてしまっていたんだ。」


随分と昔に、太陽とこの星が衝突する危険があり、人々は太陽を壊して消した。

それからはずっと、夜だった。


寒さと、暗さで大勢の人が亡くなった。
それでも、星ごと消滅するよりかは多くの命が助かった。



「太陽が無い世界を知っているか?気温は氷のようで、作物は育たない。水も凍り付いた。外は真っ暗闇で、人工の光が頼りだ。」


病が流行り、人々は追い詰められる。泣き声が辺りに満ち、老人、病人から多く被害が出た。


「何より、人々…多くの子供は眠れなくなった。」




太陽光は子供達に睡眠と成長をもたらす。
太陽光による体内での化学変化が、人々に眠りを授ける。

外で駆け回って遊ぶ子供達は太陽光を思いきり浴びていたからこその眠り。
そして眠りは人の細胞を作る。
新しく作られる細胞が、人を成長させる。



「殆どの子供は死んだよ。」



だから。
人々は太陽を作った、のだ。
ありとあらゆる技術を駆使し、世界中が協力して。


そして、手遅れになる前に、世界は蘇った。


作物と水、健康を。
何より、子供達の未来を取り戻した。








「たった、一人を除いて。」



子爵の眠りは奪われたまま。
身体は成長を止めた。

家族も、友人も、愛した人も、彼より先に歳をとっていく。

やがて、一人残らず死んだ。


彼だけを残して。



「オレは今年で142歳になる。それが、魔術師、賢者、…魔物と呼ばれる由縁だ。」



長い昔話を締め括ると、子爵はカップを傾ける。
それを持つ指先には薄く色付いた爪があり、鮮やかな唇も、透き通る瞳も、肌の張り艶も、到底、老人を連想するに程遠い。


それはまた、対岸に座る伯爵も同じなのだが。



「眠りたいかい?」



コトリ、とカップを置いて伯爵が尋ねる。
真っ直ぐに見つめる瞳に、子爵は僅かに俯いてカップの中に揺らめく液体を見た。



「…どうだろう…オレは眠れなくなって随分になる。眠りがどんなものだったか思い出せないんだ。だから、ホントに眠りたいか、と言われると解らない。」

「……君の望みは違うのかい?」

「オレは…オレの、望みは…」











「夢を、見たいんだ…」








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