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SPIRIT OF MASTER
†††

『白夜の旋律』



眠りの帳は
夜と共に訪れる

疲れを心を癒し
情報を処理して
人に成長と深みを

脈々と生きとし生けるものに
刻まれたサイクル

植物も魚も
犬も猫も人も

体内時計を持って
生まれて来た日から
平等に眠りは訪れ
時を刻む










―――そう、オレを除いては。







無音の部屋。

アナログの時計は秒針の音が耳障りだから、と。
この部屋に時計は無い。
カーテンのない窓から差し込む月の明かりが、深夜であると告げるのみ。




薄い青が染める部屋、身体を休めるべく寝台の上に転ぶ少年。

胎児のように丸まりながら、規則正しく呼吸する度に動く胸と伏せられた眼差しからは、眠っているように見える。

さらさらと短めに切り揃えた前髪が流れ落ち、年端のいかない身体はまだ性別を判りにくくする年齢らしく、細い手足が布団から僅かに覗く。




ふ、と窓の外から差し込む月明かりが陰った。

部屋の青が黒い闇に浸される。




少年の伏せられた瞼が持ち上がり、窓の外に目を向ける。

そこにはいつもの蒼い満月ではなく…人影がそれを遮っていた。




「誰だ?」


問い質す少年の声は落ち着いていて、甲高い声質とは裏腹に冷たく厳しいもの。

月光を遮る人物が首を傾げる。
少年には笑ったように見えた。



「誰だと言えば、君は納得できるのかな?」



影が室内へトン、と降りると、部屋には再び青い光に満ちる。
侵入者は少年と近い年頃の、真っ黒い男の子。

黒い髪、黒い燕尾服、黒いマントにブーツ。
片眼鏡(モノクル)の端から下がる雫型の水晶が蒼い月の光をキラキラ弾いた。


身体を起こした少年がゆっくりと向き合う。
銀の髪に白いシャツ、裸足。

まるで対称的な二人の、動じない態度は同じ。
少年らしさを感じられないもの。



「物盗りではなさそうだ。…名前は?」

「ボク?皆からは『伯爵』と呼ばれているよ。」

「…奇遇だな。オレは『子爵』と呼ばれてる。他にも『領主』だとか『魔術師』だとか『賢者』だとか『魔物』だとかな。」

「随分と沢山の名前をお持ちのようだね。ボクは君をどれで呼べばいいのかな?」

「お好きなように。」



相手から悪意を感じられず、子爵と名乗った少年は寝台に腰を下ろした。

伯爵も同じように、近くのソファーに腰掛ける。

二人は同時に足を組む。



「オレになんか用か?」

「ボクに用があるんでしょう?」



子爵が首を傾げると、伯爵も同じように首を傾げる。



「…『伯爵』は…オレなのか?」

「ボクはボクだよ。君はボクじゃない。」

「じゃあ『伯爵』はオレじゃないだろう。」

「さぁ?君がボクを自分だと思うなら、君にとっての真実はそこに付随する。」

「『オレにとって』じゃなく『世の理(コトワリ)にのっとり』、だ。」

「世の理、が何なのか、君は知るのかい?それはボクには解らないけれど。」

「…オレと『伯爵』が違う物で出来ているかどうかだ。」

「さぁ?ボクは自分が何で出来ているか、知らないから。」



くすくす、と伯爵は笑う。
問い掛ければ問い掛ける程に確かなものが消えて。
あやふやな世界がそこに寝そべっているように感じられ、子爵は唸った。



「…つまり、『伯爵』にとっての真実は『君はボクじゃない』となり、オレの真実は『疑わしい』になるのか。」

「ふむ。君は頭がいいね。恐らくはそういうことで、世の理とはそういうもの、なんだろうとボクは思う。」



伯爵の興味深げな視線に、子爵は話が進まない、と目眩を覚える。
嫌いな話ではないが、彼の言いたいことは僅かにぼんやりと解るだけで、全てを知ろうとすれば長い時間がかかるだろう。

だが、それはそれでいいか、と子爵は立ち上がる。



「お茶くらい飲めるだろう?時間はまだあるか?伯爵。」



片眼鏡を押し上げながら、伯爵はにっこりと頷いた。






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