Celluloid Summer
†††
303号室。
無人の筈の三階に、立つ人影。
チョコレート色の髪に左右違う眼の色。
普段のにこやかな笑顔を引っ込めた、怜悧な印象の表情で、303号室の扉の前に立っている宮守紅羽は鍵のかかったドアノブに躊躇なく手を触れた。
「また、尋ねるのか?」
怪訝そうな声に、紅羽は微かに笑う。
「大丈夫だよ、絋羽。お前に危害はない。…『開』」
パチ、と静電気の弾ぜた音に、暗い中で散る青い火花。さして力を込めずに、紅羽がドアノブを回すと、抵抗もなく扉は開いた。
がらん、とした部屋に、俯いた人影。
自分を抱き締めるように立ち尽くす人影は、セーラー服を着た少女のようだ。
少女の足元には影がなく。向こう側は透けて見える。
明らかにこの世ならざる者に紅羽は玄関先で靴を脱いで近寄る。
誰にも言ってない、絋羽だけが知っている、紅羽の『特技』
紅羽は通常の人が見えないものを見、聞こえない声を聞き、触れられないものに触れる。
「…あんた、まだいたんだな。」
優しげな表情とは裏腹に、諦めたような声音で少女に問い掛ける。
『…助け……けて…』
虚ろに泣きながら訴える少女。
霞み、輪郭をわずかに煙ゆらせて、少女はいつもと同じ台詞を口にする。
『……ひ…を…助…て…』
聞き辛い声。
途切れ途切れに紅羽の耳に届く。
彼女は、紅羽が気付いた時から、ここにいる。
いつの人なのか、何を言いたいのか、紅羽にもよくわからない。
「いい加減、成仏しなよ。…て、聞いてないか。」
少女は何も見てはいない。紅羽が覗き込んでも、その瞳は紅羽を通り越して、どこか違うところを見つめながら、ただ救いを求めている。
「…紅羽…力ずくでもあげてやるべきじゃないか?」
何年も同じ所で、同じ台詞を祈り続ける少女の、痛ましい姿はどこか歪な悲しみを誘う。
見ているほうが痛い、と絋羽は言う。
少しずつでも自我を取り戻せたなら、説得しようと考えてきたが、苦しみ続けるくらいなら、と紅羽が心に決めようとした時。
少女の言葉が、はっきりと届いた。
『あの人を、助けて…』
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