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Celluloid Summer
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501号室

四階の501号室には、鞆親と紅羽が暮らしている。
だが、今は紅羽の姿は見えない。
かわりに、遊びにきている春日の姿があった。


静かに、鞆親の弾くピアノの音が響いている。

マンションの設計で、防音室なのはこの501号室と、三階の301号室、302号室、303号室だ。ちなみにワンフロア、三部屋しかない。

鞆親はもともと、最上階で瑞希とタクミに面倒見てもらっていた。
それ位、幼い頃から二人を見てきている一人だ。

鞆親の両親は音楽家、というヤツで、息子を置いて世界を点々としている。
もともと、鞆親の両親と面識のあった瑞希が面倒を見ることを約束することで、鞆親は日本に残れた、とも言う。


外見の武骨で無愛想な印象とは裏腹に、鞆親のピアノは優しい。

成人していない為か、まだ未完成の音色は、繊細で力強く、迷いと微かな色香を孕んで部屋に満ちている。

日課のピアノ練習は、鞆親と両親の切れかけた絆を繋ぐ、唯一のものかもしれなかった。


リビングに置かれたグランドピアノに、寄り添うように春日が立っている。


春日は寮に暮らしているわけではない。
比較的、近いところに実家があり、両親と弟と暮らしている。

医者である父親と、看護婦である母親は、春日たち姉弟が幼い頃から家を空けることが多く、その淋しさは鞆親と似ているのかもしれなかった。

もはや、日課となった就業後の寄り道。


「チカちゃんのピアノ、春日、好きだよ。」


途切れた音色を、春日の言葉が繋ぐ。

眠りに落ちる前のような、穏やかで夢見るような顔をしている。

春日の言葉に、鞆親は少し微笑って。


「…教えようか?」


と、春日を手招いた。
こてり、とピアノに懐いていた春日は、鞆親の言葉に勢い良く顔を上げる。


「うんっ!教えて!」


これからの寄り道はピアノレッスンに早変わりだ。
春日は嬉しそうに鞆親の隣に歩み寄った。






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あきゅろす。
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