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Celluloid Summer
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601号室

五階建ての最上階、他と造りの違う601号室は、瑞希とタクミの部屋だ。

同じ2LDKだが、広さは他の部屋の倍だ。

リビングのソファーに身を沈めて、額に手を当て瑞希は深い溜め息を吐く。


「疲れましたか?」


ホットブランデーを差出しながら、タクミが尋ねる。

顔をあげて見上げた瑞希の目に、タクミの蜂蜜色に近い薄茶の髪が蛍光灯の明かりに透けて映る。

受け取りながら、瑞希は俯いた。黒い瞳に深い影が落ちる。


「人は誰かを救えるのか、考えていた。」


ぽつり、と落とされた言葉に、隣に座りながらタクミが頷く。


「誰かの心、であるなら、直接的には難しいでしょうね。」


自分に入れたホットミルクの入ったマグカップを両手で挟み込んで口を付けながら、タクミは瑞希の顔を見ずに言った。


「…俺に…救えるか?」


自問自答のような瑞希の言葉。

答えはない。
総てが終わらなければわからないことは、タクミにも瑞希にもわかっている。

正確には誰だって、誰かを救うなんて、出来ない。

たとえ。
救われたいと縋られても。


「今日は随分、弱気なんですね?」


揶揄でなく、珍しい瑞希の態度をタクミが評する。


「いつだって迷ってるよ。世の中は逃げたい事の方が圧倒的に多い。…普段は見せないだけだ。」


自嘲的な微笑が、瑞希の唇に乗る。
けれど、そのまま迷い続けるような性分でない瑞希はタクミにいつもの自信気な笑みを見せた。


「大体、俺の気弱なトコなんて、お前でなくて誰に見せるんだ?」


もっとも、信頼しているからこそ。

瑞希の言葉に、タクミは内心、降参する。

勝てない人。
タクミにとって、唯一の。


「俺にとっては、救いですよ。」


貴方のその信頼が。


「貴方が、貴方であれば、それだけで救われる人間も確かにいるんです。…貴方にとって、マスターがそうであったように。」


脳裏に思い描くのは、瑞希ではない。
二人の脳裏には、優しげな老紳士が蘇っていた。

瑞希にとっての、師にあたる、旧『BC』のマスター、その人が。


面影を振り払うように、瑞希が尋ねる。


「俺が俺であるって、どんなんだ?」


これにはタクミも笑って答えた。


「決まってるでしょ?馬鹿みたいに正直に、やりたいことしかしない人。」


マグカップの残りを飲み干して、タクミはぺろり、と舌を出した。







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