Celluloid Summer
†††
翌日、それぞれが、三々五々に楽しんでいる中、瑞希はプライベートルームで電話を受ける。
「もしもし?」
『瑞希の叔父様?』
「ああ。凪遊音か。」
瑞希を叔父様と呼ぶのは、一人だけだ。
電話越しの柔らかなアルトに、瑞希はふと顔を和ませる。
「どうした?土産の催促か?」
『あはは。母が買ってきて欲しいと言っていた物はあとでメールします。』
凪遊音の母、すなわち瑞希の姉にあたる。
気の強い瑞希の姉は、年の離れた瑞希を凄く可愛がったのだが、瑞希にしてみればありがた迷惑に近いことも多々あった。
だが、厳しい父や、やんわりと真綿で首を絞めるような母から、瑞希を守って育ててくれたような人であるので、瑞希はいまだに頭が上がらない。
「…はいはい。買って送るよ。」
諦めて軽くため息をつくと傍らのグラスに手を伸ばす。ブランデー特有のキツイ香りがして氷が澄んだ音を立てた。
『…瑞希の叔父様……兄のこと…有難う御座いました…。』
ゆっくりとグラスを回して、瑞希は微笑する。
「俺は、何にもしてないぜ?…全部、アイツが自分で乗り越えたんだ。」
手を貸すも貸さないもなかった。
驚くほどの早さで、咲遊音は奏を亡くした記憶を回復し、その絶望の中から立ち上がった。
『それでも、そうできるだけの環境は、叔父様が用意してくださったからだと思います。』
物心つく頃には、兄の精神は病んでいた。
誰にそう見えなくとも、凪遊音にはわかっていた。
確実に、咲遊音が壊れていっていることに。
その先には、何もないことに。
「取引、成立か?」
瑞希の瞳が皮肉気に笑う。
僅かな毒を含んだ声音は、遠慮がちに凪遊音には聞こえた。
『…今更、後悔しないでくださいよ?瑞希の叔父様。僕の夢は誰にも譲りません。たとえそれが、貴方であっても。』
強い声で凪遊音は言い切り、瑞希の心を暖める。
「でかい借りが出来たな」
『そう思っているのは、叔父様だけです。』
ふふ、と笑みを含んだ声で凪遊音が言って、しばらく雑談すると瑞希は電話を置いた。
「夢、ね。」
遠い日に見た、おぼろげな夢。
瑞希の描いた夢は半ば実現しているともいえるが、正確にはまだ叶っていない。
それは些細な、しかし果てない夢。
叶うかどうかは、神のみぞ知る、というヤツで。
「つまらない夢だな、我ながら。」
ふ、と微笑すると瑞希はグラスの中身を飲み干した。
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