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Celluloid Summer
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「空近さんって、何者?」


那智達の隣の部屋に入った紅羽は、咲遊音と同じようにベルボーイを帰す空近に不審そうに問い掛けた。

紅羽が勤め始めてから今まで、社員以上の勤勉さで通い続け、客であるのに社員寮に暮らし、やはり社員旅行にも同行する。


「突然ですね?」


やんわりと微笑する笑顔は紅羽を映して面白そうだ。


「常々、疑問ではあったんだけどね。」


仕事をしている様子はない。瑞希と仲が良さそうだが、『友達』という雰囲気でもない。

そして瑞希がいない時に見える、いつもの柔らかな笑みとは違う挑戦的で挑発的な微笑と態度の悪さ。


空近はいつも着用しているスーツの上着を脱ぐとハンガーに掛ける。

隙のない行動に薄いワイシャツに透ける胸筋は普通の会社員には到底思えない。

勿論、普通の会社員が朝から晩まで喫茶店に入り浸るとは思ってないが。

観察するように腕を組んで眺めていた紅羽に、空近はニヤリと人の悪い笑みを向けると。


「エッチ。」


質問にも答えずネクタイに指を掛けた。

その後、絶句した紅羽が早々に絋羽を押し出し、空近が大笑いしたのは言うまでもない。








荷物の中からブラシを取り出した春日は、髪を結上げ始めた。
いつもの男性制服に低い位置で束ねた凛々しい春日ではなく、柔らかな髪を背に流し、細い肩にはキャミソールの紐が頼りなく揺れるだけで、随分と女の子らしい。


「やっぱり冬月も連れてきてあげたら良かったかなあ…。」


ぽつりと家にいる弟を思い出し、楽しい気分が陰る。


「あのね、チカちゃん。」


鏡越しに映る鞆親は背中を向けている。
髪を結ってるだけなのに、気を遣っているのか振り向かず、ごそごそと荷物を開けている。


「やっぱり、冬月が高校を出るまで、待つことにしたの。お店辞めるの。」


自分にも言い聞かせるように、春日は鏡に頷いた。


「資金はなんとかなるし…来春私が卒業したらすぐに…って話だったけど、一年、延ばす事にする。」


『BC』が好きだ。皆と少しでも一緒にいたい。

春日はそう思っていた。

昔から聞き分けがよく、両親の手を煩わせる事のなかった春日の、唯一の我儘といえる夢を、両親は快く承諾した。

何も親らしいことの出来なかった自分達に、せめて最初の門出である店だけは、用意させて欲しいと言ってくれていた。

だから春日が短大を卒業したら、すぐにでも夢を叶えてやろうと考えていた両親に、春日の気持ちをよく知っている冬月が反対した。


せめて、自分が卒業するまで待って、と。







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あきゅろす。
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