Celluloid Summer
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『BC』一同が到着したのは白亜のホテル。
空近が降りてまず助手席、次いで後部座席のドアを開くと、咲遊音、春日、那智の手を取って降ろし、補助席を畳んで鞆親、タクミを降ろした。
瑞希が出てくる時には、一歩退いて頭を下げる徹底ぶり。
何度かの旅行で社員は慣れているのか、ホテル玄関に並ぶ頭を下げた従業員の列にも動じない。
咲遊音は瑞希を振り返る。
「…瑞希さん…部屋ってもしかして…」
「最上階、スイート。」
事もなげに答えた瑞希は、列の真ん中を悠々と歩く。
空近が車の鍵を預けているのを横目に見ながら、咲遊音も後を追い掛けた。
『BC』は年に数回、こうした旅行を行う。
時にはホテルだけでなく、旅館にもレストランにも、国内外を問わず一流どころに足を運ぶ。
それが瑞希の考える社員教育。
瑞希曰く、一流のサービスを知らなければ、一流のサービスは出来ない、のだそうだ。
正社員メンバーだけでなく、今回はいないが時にはバイトも旅行に参加する。
『BC』の質の良いサービスはこうして生まれるのだ。
部屋割りはほぼ、寮と同じだが、春日が参加するため絋羽、紅羽と空近が同室となる。
荷物を持つ必要も、鍵を受け取る必要も、チェックインすら必要とせず、それぞれが部屋に到着した。
最上階スイートルームは4部屋。下はセミスイートになる。
つまり最上階貸し切り状態で、一泊およそ会社役員の一月分の給料というお値段×4部屋×一週間。
くらり、と感じた目眩は部屋の高度の所為でないことを咲遊音はよくわかっていた。
「オーシャンビューってやつかな?咲遊音。海が見えるよ。」
窓辺に立った那智が外を眺める。
那智は多分、部屋の値段までは知らないに違いない。
咲遊音はくすりと笑うと、荷物と鍵を運んでくれたベルボーイにチップを手渡した。
「一望できるね…那智はあんまり旅行したことないのかな?」
「うん。家族旅行とか無かったから、ここに入って初めて旅行するようになったよ。春日も親が忙しくてあんまりないって言ってたし、タクミさんも少なかったって。」
いつになく口数の多い那智に咲遊音も嬉しく感じる。
後ろから抱き竦めるようにして、幸せを噛み締めながら囁いた。
「今度は二人でしようか。旅行。」
咲遊音の行動に戸惑いがちにだが、答えるように回された手に手を重ねながら、那智は僅かに頷いた。
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