Celluloid Summer
†††
ACT.10
『ん、大丈夫。…でさ、お土産、何がいい?……わかった。…うん。じゃ、行ってくるね!』
弾む声が受話器から聞こえて、つられるように凪遊音に微笑が浮かぶ。
どうなるだろうかと気を揉んでいた凪遊音にしてみれば、このところの兄の変わりようにほっ、と胸を撫で下ろせたと言えよう。
受話器をそっと電話本体に戻すと、白いテーブルに置かれたティーカップを手に取る。
庭の木陰にセットされた椅子とテーブルは、夏の日差しを遮って爽やかな風だけを凪遊音に届けた。
「楽しんできてくださいね、兄さん。」
呟くように風に乗せて、凪遊音は空を仰ぐ。
まばゆい夏の空は白い雲を浮かべて、とても手が届きそうとは思えなかった。
開けた窓から潮の香りがして、那智はそちらに目を向けた。
流れていく景色の切れ切れに、乱反射する光に目を細める。
青く白く光を弾く。
「海だ〜っ!」
春日の歓声があがって、運転席の空近がくすりと笑った。
「ええ、もうすぐ着きますよ、春日さん。」
助手席に座る紅羽が、空近に缶コーヒーを開けて手渡す。
後部座席では那智と春日、補助席に咲遊音が座り、その後ろに瑞希とタクミ、鞆親が座っている。
『BC』正社員メンバーが向かっているのは海沿いのホテル。研修と称した慰安旅行だ。
八人乗りのボックスカーは広いとは言えないが、それぞれが思い思いに行程を楽しんだ。
「着いたらとりあえず泳ごうね、咲遊音ちゃん!」
「うんうん!俺、海にくるの久々だ〜」
テンションの高い二人に苦笑しつつ、タクミがキャンディーの袋を開ける。
数個を掴み出すと前に座る春日の肩を叩いた。
「食べる?前にも回して」
「きゃあっ!ありがとうございます〜タクミさん!」
春日は手早く受け取って助手席に回し、那智と咲遊音にも手渡す。
かさかさと包みを開ける音がして、少し車内の騒がしさが落ち着いた。
堪らずに瑞希が吹き出す。
「さすがだな、タク。」
「…まさか、飴で大人しくなると思いませんでしたがね。」
半ば呆れつつ、飴の包みを開けると、瑞希に差し出した。
「はい。瑞希さんも。」
「黙れってか?」
タクミの隣で今度は鞆親が吹き出す。
瑞希とタクミのやり取りは、鞆親が知る限り変わらない。
鞆親は瑞希に怒られないうちにと、窓の外、近く見え始めた海を眺めて目を細めた。
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