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Celluloid Summer
†††




那智の危険を知らせたのは紅羽だった。

いつものように、303号室を尋ね、奏の様子を見守った。

咲遊音の恋人。

あるいは、そのことを伝えれば奏が自我を取り戻し、成仏するのではないかと考えた。

けれどその日、奏はただ悲痛な泣き声をあげて、藻掻くように手を振り回していた。

そして今まで存在すら気付かなかった紅羽の方をはっきりと見て、その胸に取り縋った。


『助けて!あの人を!あの子を助けて!死んじゃう!死んじゃうの!!』


戸惑う紅羽に、屋上、と繰り返し奏が叫ぶ為、紅羽は瑞希の携帯を鳴らした。

三階の自分より、最上階に居る瑞希の方が速いと踏んだからだ。

電話に出た瑞希に、紅羽は言葉少なに告げた。


「咲遊音が後追いしようとしてる。」


その電話で瑞希達は屋上へと駆け上がったのだ。

飛び降りようとしているのは咲遊音ではなく、那智だったが。


携帯を閉じて、紅羽は奏を見つめた。
しばらくの間、取り乱していた奏は、止めれたのが解ったのか、大人しく立っている。


「…自分が誰か、わかるか?」


静かな紅羽の問い掛けに、奏はこくり、と頷いた。


「どうなっているかも、わかるね?」


再び、奏が頷く。


『私、死んだの。車に挽かれて。』


涼やかな声が常人に聞こえない音を紡いだ。
そして鮮やかに笑った。

紅羽は長年、霊といわれるものを見てきたが、自分が死んだことを理解して笑う霊は初めて見た。

受け入れている。


「何故、ここに居た?」

『………。』


紅羽の問い掛けに今度は困ったように微笑して、奏は言い淀む。

しばらく考えるようにして、口を開いた。


『あの子を、助けるため……あの子に、伝えるため……私が、笑ってる、ことを…』


確かめるようにはっきりと言い切って、奏は笑う。


『…咲遊音………。』


あの子とは、咲遊音とは違うのか。

紅羽が尋こうとした時には奏の姿は薄れつつあって。
紡がれた名前に、紅羽が奏を見つめる。



『…愛してるわ…』



溜め息のような告白が、空気に残って。
奏の姿はもう、どこにもなかった。


少女の最期のメッセージを苦く痛い思いで抱き締めながら、紅羽はそっと俯いて溜め息を吐く。


彼女は、救われたのだろうか。

それはもう、神様にしかわからない。


無人になった部屋を紅羽はそっと後にする。








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