Celluloid Summer
†††
むき出しのコンクリートにフェンスは張られておらず、ぎりぎりの際だけが僅かに高くなっている。
足を乗せ、その僅かな幅に立てば、微かに揺らいだだけで那智の体は押し出され、空中に舞うだろう。
怖くはない。
ただ安寧がある。
自殺者はこんな安らかな気持ちで挑むのだろうか。
それとも、これは罪を犯した者だけに与えられる、最期の安らぎなのだろうか。
「…今…謝りに行く…」
脳裏の少女の背に呟いて、那智の体が傾ぐ。
その右腕を後ろから強く引かれた。
尻餅をつくように倒れこんで。
見上げた那智の目に映ったのは荒く息をつく空近だった。
ため息を吐き出して、空近が腕を離し避けると、その向こうに瑞希とタクミの姿がある。
つかつかと瑞希が那智に歩み寄り、その頬を殴った。
「この馬鹿野郎がっ!」
乾いた音を立てて、鋭い痛みとじんわりした熱が頬に広がる。
「…あの時と、同じ台詞を言って欲しいのか、那智君?」
はあ、と息を吐いて、瑞希が那智の頭を片手で抱き寄せる。
「いらないなら、寄越せよ、その命。…俺が有効に使ってやる。」
懐かしい台詞だった。
三年前、那智が絶望に暮れて、初めて自らの生を終わらせようとした大通りで、たまたま通りかかった瑞希に止められた。
その時、那智が選んだ死に場所は奏が命を落とした場所だった。
瑞希は『BC』を立ち上げたばかりで、店員が足りないんだ、と笑った。
それから那智は正式に高校を退学し、『BC』の社員寮で暮らした。
瑞希は何も尋かなかった。
那智が笑わない訳も、那智の家族のことも。
ただ一年たったある日に『まだ死にたいか?』とだけ尋いた。
『いいえ』と答えた言葉に嘘はなかった。
けれど今。
那智を支配するのは『死にたい』という感情ではなく、『死ななければならない』という義務感だった。
「マスター…俺は…なんで生きなきゃ、いけないんですか……?」
か細い那智の声がタクミに届く。
那智が拾われてから、タクミもまた、那智の成長と精神を見続けてきた一人だ。
「俺は生きてちゃいけない…死ななきゃいけない、んです…」
瑞希の肩に額を擦り付けて那智が落とした言葉は、あまりに弱々しい。
「死なせるかよ。泣こうが喚こうが、死なせないぜ、那智。」
対して瑞希の言葉は強い。
那智の乾いていた瞳に涙が滲む。
「…なん…なんでっ!?俺は…っ…」
言い淀むように咽喉が詰まり、血を吐くような想いと共に吐き出した。
「…俺は…っ…人殺し、なのに…っ…!!」
溢れた感情に押し潰されて、那智の言葉は嗚咽に変わった。
まだ明けない夜がのしかかるような重さで、ただ、そこにあった。
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