Celluloid Summer
†††
ドアの隙間から、濡れた薄い茶髪が覗く。
足元を拭いているのか、それは僅かに上下に揺れるだけで姿を見せない。
泥棒だろうか?
見覚えのない髪色に、那智は首を傾げ、頭を振る。
ご丁寧に靴を脱いで、浴室を使い掃除をする泥棒が居て堪るか。
那智は浴室のドアに近寄ると、中の人物を確認するべく開いた。
どうやら、不審人物はドアノブに手を掛けて、出ようとした所で床に落ちた汚れか何かに気付き、なにがしの布(おそらく人物が着ていただろう服)を踏ん付けて、拭いていたようだ。
「わ…っ…!?」
バランスを崩した茶髪は、短い悲鳴と共に那智の方に倒れこんで、咄嗟に那智にしがみついた。
男、だ。
抱き竦められる格好になった為、顔は見えないが、自分より高い身長と肩幅に、那智は知り合いを検索するも該当者はいなかった。
「…っびっ…くりしたぁ………」
湯上がりらしい温かい身体に、早鐘の鼓動を感じて、那智は内心苦笑する。どうやら、かなり驚かせたらしい。
「すまない。」
端的な謝罪の言葉に、慌てて茶髪が身体を起こす。
「あ、いやいや、こちらこそ!」
ざっくりした大きめの黒い長袖シャツに、ジーンズ。
くりっ、とした茶色い瞳は人懐こそうでとても悪人には見えない。
加えて、彼が着てる服は瑞希の置き服だろう。
となると、この男は瑞希の言っていた新人か、拾ってきたバイト辺りだろうと当たりをつけると、そこで那智は興味を失った。
「あ、俺は如月 咲遊音(きさらぎ さゆね)君『BC』の店員さんだね?」
人好きのする笑顔で、握手を求められ、那智はその手を握り返す。
「木島 那智(きじま なち)ウェイターです。」
あくまでも、事務的な対応の那智を気に留めず、咲遊音は、にこにこと笑っている。
「那智君ね。俺、ここの寮長、つか寮母さんみたいなのを瑞希さんに任されることになったんだ。」
瑞希さん、ということは、やはり瑞希の知り合いなのだろう。
「今からお昼でしょ?賄い、温めてあげる。こっちおいで。」
咲遊音は、握手した手を掴み直すと、ダイニングリビングへと那智を引っ張っていく。
「やー…驚かせてごめんね〜?」
「驚いたのは貴方だけですが?」
「えー?いきなり知らない人がいたら驚かない?」
那智をリビングのソファーに沈めると、咲遊音はカウンタータイプのシステムキッチンに回り込む。
手早く瑞希の用意した料理を温めながら、聞いているのか、いないのかわからない那智に、経緯を話して聞かせる。
瑞希の甥にあたる25歳。(早くに結婚して家を出た長女の息子なんだとか。)
社員寮の管理をしてほしい、と頼まれて、お世話になっている手前断れなかったとか。
鍵束だけは瑞希から先に預かっていたこと、来る途中に、川に捨て猫を助けに入ってびしょぬれになったとか、あてがわれた部屋に入るのは、同室者がいないとマナー違反だと思ったとかとか。
ゆったり話している割に、動作は早い。
テーブルに料理が並ぶのには時間は掛からなかった。
大人しく座っている那智の目の前に、すとん、と座ると、手を合わせて『いただきます』
どうやら咲遊音も食べるらしい。
くるくると表情も動作もよく動き落ち着きのない男。
それが、那智の咲遊音に対する第一印象だった。
食べおわった後も、片付けておくから、行っていいよ、と言われ、休憩部屋を後にした那智は。
自分が同室者であることを言いそびれた。
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